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六十三話 本体


「はっ、その程度かっ、アリスっ、人類最強はハッタリかっ」

「準備運動だ、魔王、そんなこともわからない?」


 わかんないよっ! 俺は準備運動で死にかけたよっ!


「破壊衝動が抑えなれなくなっておるな、魔王の憑代よりしろが限界をむかえたようじゃ」

「え? なにそれ? ヌルハチ」


 そういえば、ヌルハチは昔、魔王の憑代よりしろだった。一番長く魔王と共存していた魔法使い。誰よりも魔王のことについて詳しいはずだ。


「魔族は生まれた時から人間と争うことを魂に刻み込まれている。その頂点に立つ魔王には、人類を1人残らず滅ぼしてやろうという最も大きな破壊衝動が常に渦巻いておるんじゃ」


 渦巻かないでっ! 渦巻かないでいいよっ!!


「ゆえに魔王は、それを抑えるため本体から精神を乖離かいりさせ、人間に憑依ひょういすることで破壊衝動を抑えている。だが、それも長くは持たない」


 フー、フー、シューゥッ、とリンデンさんの、魔王の身体から蒸気のような煙が漏れ出ている。


「やがて魔王の精神アストラル体の影響を受けて、憑代となった人間は壊れてしまう」

「あ゛あぁぁぁあぁぁぁあぁっ」


 人では発せられない獣のような咆哮ほうこうを上げて、魔王が両手を天にかかげる。

 その手の先に、上下の三角形が合わさった六芒星の紋様が浮かび上がった。


「憑代を捨てるっ、来るぞっ、魔王の本体がっ!!」


 こわいこわいこわいこわいっっ!! 


「アリスはなんで動かないだっ! 今、攻撃の大チャンスじゃないっ!?」

『あかんっ、タッくんっ! ヒーローが自己紹介してるとき悪役は攻撃したらあかんやろっ? お互い様やっ!!』


 空中に浮かんだ六芒星が神々しい光を放ち、そのうずから絶大なオーラを放つ人外の魔が降臨する。

 それは魔王の大迷宮ラビリンスで見た、ヌルハチそっくりの魔王本体だった。※


「よかったっ、ちゃんと服着てるっ、準備してたんだっ」


 氷漬けの時は裸だったが、今は魔王らしい漆黒のドレスを身につけている。


「最初から、ここで戻るつもりだった?」

「ああ、そうだ、アリス。は宇宙最強の前で人類最強をぶちのめす」


 糸が切れた操り人形みたいに、リンデンさんがその場に崩れ落ち、同時に堕ちてきた魔王本体が、突然スイッチが入ったみたいに動き出す。


「魔王の肌に色艶いろつやがっ! いや、そういうのじゃないっ、なんか身体中に文字みたいなのが浮かんできてるっ!?」

「魔族語の呪印じゅいんじゃ。どんな魔法も呪文の詠唱えいしょうが必要になるのじゃが、自らの身体に呪文を刻印こくいんすることで、その手順を省略することができるんじゃ。魔王は数百の魔法を無詠唱で発動することができる」


 ず、ずっこ。リックはあんなに必死で羅生地獄門の呪文、早口で頑張ってたのにっ!!


「参る」


 それでもアリスは気にしない。相手が誰であっても、どんな準備をしていても、やることはいつもと同じだ。

 ただ真っ直ぐに、一直線に、そのままに。全力の一撃を叩き込む。


 ゴゴゴンっ、と硬いものを強く叩いた鈍い音が響き渡る。

 いつものようにアリスが一撃で魔王をぶっ飛ばすのを、信じて疑わなかった。が、しかし。


「ぐぬっ」


 顔面を殴られて、ずざざざざっ、とアリスが地面を削りながら後退していく。

 魔王はアリスの拳をギリギリのところでかわして、カウンターを喰らわしたのかっ!?


「ア、アリスの攻撃が当たらないの初めて見た」

「空間魔法じゃ。アリスには魔法が一切通用しない。じゃから魔王は自らに魔法をかけて、空間をゆがめ、座標をずらしたんじゃ」


 超短距離の転移魔法みたいなものか。

 詠唱なしで発動できるなら、瞬間移動が仕放題じゃないか。


「硬い顔だな、アリス。の拳が潰れてしまったぞ」


 殴った魔王のほうがダメージが大きいのか。ぐちゃぐちゃで骨が飛び出した拳は原型をとどめていない。


「まあ、壊れるまで殴り続けるがな。再生リバース


 完全に潰れていた拳が一瞬で元通りに戻る。こ、これはさすがにズルすぎるんじゃないか?


『大丈夫や、タッくん。あんな高度な魔法、何度も使われへんやろ』

「そうだよね、すぐに魔力なくなっちゃうよねっ」

「いや、それは期待できんぞ。魔王の本体は数千年もの間、大迷宮でずっと魔力を貯め続けておった。その総量はもはや無限大と言っても過言ではあるまい」


 か、過言であってくれ。アリスがやられたら誰も魔王を止められないぞ。


「ふぅ、まさか」


 アリスが口元についた、おそらく自分のではない魔王の血を拭う。


「タクミと戦う前に、本気を出す時が来るとは思わなかった」


 アリスを中心に、まるで嵐のような突風が吹き荒れる。

 それは爆発的に膨れ上がった、力の気流の渦だった。


「これはこれは、そうでなくては面白くない」


 魔王もまだ本気でなかったのか。爆発するように魔力が膨れ上がり、その濁流で漆黒のドレスが弾け飛んでいく。


「いきなりクライマックスじゃの」

「ああ、う、うん、そうなんだけど」


 今、アリス、なんか怖いこと言ってなかった?

 タクミと戦う前に? え? じゃあ、いつか俺と本気で戦おうとしてるのっ!?


 アリスと魔王の拳が再び激突する中、魔王をちょっとだけ応援する俺がいた。






※ ヌルハチとそっくりの魔王本体のエピソードは、第一部 四章 「二十五話 真実はいつも一つか二つ」をご覧になってみてください。

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