六十二話 あ、魔王
アリスの一撃を喰らったリックがそこらじゅうの木々を薙ぎ倒しながらぶっ飛んでいく。
山が削れて形が変わってしまってるよ。洞窟方向に飛ばなくてよかった。
『圧倒的やな、アリス。ほんま無敵やん』
「うん、なんで俺、大武会でアリスに勝ったことになってるんだろ?」
あの時のことはほとんど思い出せない。
魔王や四天王まで加わって、全員でアリスに向かっていった。俺はその中で何もしてなかったはずなんだけど。
「それもリックが頑張ってたのよ」
「パーフェクトワールド(笑)のために?」
「そう、パーフェクトワールド(笑)のために」
リンデンさんとソファーで2人並んで談笑する。こうしてると本当は魔王だということを忘れてしまいそうだ。
「むきゅ、むきゅーーん」
『うわ、タッくんっ、ベビモが突進して来たでっ!』
戦いが終わるのを待っていたのか。大人しく座ってたベビモが俺のほうに駆け寄ってくる。
「ま、まて、ベビモっ、スピード落としてっ! 自分の大きさ考えてっ!」
「むきゅーーーっ」
あ、これ死んじゃう。
ドラゴン一族最大の古代龍よりも大きな巨体が、全速力で俺に突っ込んできた。
「おすわり」
「む、むきゅ」
俺が言っても止まらなかったのに、やはり魔王の迫力なのか。リンデンさんの一言で、ピタッ、とベビモが急停止する。
「 皇帝ベヒモスの幼体か。おかしな成長をしてるわね。赤ちゃんのまま、進化せずに大きくなったみたい」
そういえばヌルハチが倒した皇帝ベヒモスは、もっとゴツゴツしたイカつい感じのやつだった。
生まれ変わりみたいなことを言ってたけど、また別の個体に育ったみたいだ。
「これもアナタの影響なのかしら。どうやって育てたらこんな可愛らしいモフモフになるのかわからない。リックが必死になるのもわかる気がするわ」
リックが飛んでいった先を優しい瞳で眺めるリンデンさん。
どうして彼女はリックに協力していたのだろうか。
「リンデンさんは、リックの計画を全部知ってたの?」
「詳しくは知らなかったわ。あの人、あんまり喋らないから。さっきアナタに話してたの、一生分に匹敵する会話量よ」
そ、それがパーフェクトワールドなんだ。
もう少しちゃんと聞いてあげればよかったかな。
「けどまあ、私は…… 余は反対だった。魔族と人間は分かち合えない。たとえ、完璧に見える世界でも、それは見せかけだけのまがいものだ」
あ、あれ? なんだかリンデンさんの様子がおかしい。
話し方もなんだか大武会の時の魔王みたいに……
「だから全部ぶち壊しにきたのだ。本来ならアリスもこの場にいないはずだった。タクミポイントの管理で動けなかったアリスを解放して、ここに連れてきたんだ」
うん、それは素直にありがとう。でもなんか怖いんだけど。
リンデンさんの瞳、真っ赤に染まってきたし、声は低いし、顔も怖い。
「あ、あのリンデンさん、そういえば戦いが終わったらヌルハチたちを戻してくれるって」
「何を言ってるんだ?」
赤い2人がけソファーからリンデンさんが、いや魔王が立ち上がる。その迫力はもう、バルバロイ会長の秘書ではない。
「戦いは今から始まるんじゃないか」
「ひぃいぃぃぃっ」
俺はもうリンデンさんをまともに直視できない。
大武会で戦っていた魔王とも違う。
完全に人格がリンデンさんから魔王のものに変わってるっ!?
「あ、魔王」
まるでいま初めて、リンデンさんを認識したかのように、アリスがソファーに注目する。
「何で、タクミの隣りに座ってるの?」
「ひぃいぃぃぃぃぃーーーーーっ」
こ、怖い。全然見た目は変わってないのにっ、ハッキリいって魔王よりアリスのほうがぶっちぎりで怖いっ。
「そりゃ座るよ、アリス。余はタクミとキスをした仲だからな」
やめてぇえぇええっ、これ以上アリスを挑発しないでっ!
空気がっ、周りの空気が張り裂けそうなくらい、ビリビリいってるっ!!
『タッくん、何してるんっ!? 早く逃げてっ!!』
「無理だ、腰が抜けてまったく立てないっ!」
そ、そうだ、こんなときこそベビモだっ、俺をくわえてできるだけ遠くにっ!
『ベビモ、とっくに逃げてるで』
「も、もきゅきゅーーん」
「ベビモオォオオオーーーっ!!」
俺が座るソファーのわずか数センチ先で、アリスと魔王の戦いが幕を開ける。
「カルナ、俺、けっこう幸せな人生だったよ」
『タッくん、生きるの、あきらめんといてっ!!』
アリスと魔王のオーラがぶつかりあった反動で、座っているソファーがビリビリに引き裂かれていく。
俺は転げるように伏せて、なんとか身をかわしたが、2人の戦いはまだ始まってもいない。
「参る」
まだ参らないでっ!!
「来い、アリス」
来ないで、アリスっ!!
俺の心の叫びは、まったくアリスに届かない。
全力全開のアリスの拳と、絶大なる魔力を帯びた魔王の拳が激突して、空間が歪むような衝撃波がソファーを跡形もなく、粉砕する。
当然、俺も同じように、バラバラの木っ端微塵に…… ん? なぜだ? 全然平気だぞ?
いつのまにか、衝撃波をガードする光の球が、俺のまわりにいくつも浮いていた。
「はぁはぁはぁ、だ、大丈夫か? タクミ」
一回目よりも数倍汗だくになって。
ヌルハチが再び徒歩でやって来た。




