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閑話 リックと完全なる世界

 

 彼を最初に見た時から、その計画は始まっていた。


 ずっと探していたものは、ある日突然、向こうからやってきたのだ。

 大賢者ヌルハチがルシア王国を訪れた時に同行していた男。

 ……それがタクミだった。


 壊れた器。


 人が、いやすべての者が持っているはずの器が、タクミにはなかった。

 自身はどんな小さな力も留めておけず、かわりに他者のどんな大きな力も受け入れることができる。


『すべての痛みを知る、最も弱い人間が我らの王とならなければいけない。そして、その最弱の人間は、我らより強くなければならない』


 魔王誕生と共に大地に刻まれていたとされる矛盾に満ちた言葉。

 不可能だと思っていた自分の夢はタクミとの出会いにより、夢ではなくなった。


 タクミを未来永劫、この世界に君臨する宇宙最強の男に仕立て上げる。

 そうすれば、きっと叶うはずだ。

 これまで誰も成し得なかった、完全なる世界(パーフェクトワールド)が。



「魔王の大迷宮ラビリンスと空間を繋げたのか。信じられん魔力だ。さすが次期六老導(りくろうどう)と噂される天才魔法使い、リンデン・リンドバーグだな」

「……無謀な子供の馬鹿な過ちよ。あんなもの、見なければよかったわ」


 幼少期に氷漬けになった魔王の本体を見た天才は、一瞬で気づいてしまったのだ。本体が封印されていても、そこに蓄積していく魔力が、やがて世界の破滅へと繋がっていくことを。


「あれから、随分鍛えたわ。今の私が魔王の憑代よりしろになって貯まっていく魔力を止めれば、どれくらい時間を稼げる?」

「10年といったところか。その後のことは保証しない」

「十分よ。その間タクが平穏に暮らせるのなら。私を好きに使えばいい」


 すでにパーティーは解散してある。タクミが山で引きこもってる間に、ゆっくりと確実に計画は進んでいくはずだ。


「タクミはもう、君のことはことは覚えていないのだろう?」

「氷漬けの魔王もね。記憶の一部を魔法で消したの。余計な心配はさせたくないから」

「魔王の憑代になれば、その容姿も変化していく。その前に記憶を戻さなくていいのか?」

「構わないわ。私がタクを覚えていれば、それでいい」


 共に過ごした思い出も、自らの容姿も捨てて、か。


「では、行こう。完全なる世界(パーフェクトワールド)のために」



「仕事を請け負っていると聞いた」


 隠密の隠れ里に直接仕事を依頼することはない。

 普段は仲介役の人間と秘密裏に接触する。

 だが、この計画を複数人に聞かれるわけにはいかなかった。

 ここに外部の者が来たことすら初めてだろう。


「ルシア王国の騎士団長リック・カイか。依頼内容を聞こう。だが、次からは直接来ないでくれ。一応ここは隠れ里なのでな。人に知れ渡ると場所を変えなくてはいけなくなる」

「ああ、そうか。それは悪いことをしたな。えっと……」

「ヨル。セカンドネームはない。ただのヨルだ」


 黒い装束で全身を覆う隠密は、裏仕事を生業とし、自身の存在を限りなく影に近づける。

 かつて神降ろしを生業としていた一族はその力を失い、神とは最も遠い、暗い闇のような黒に染まっていた。

 まるで俺の鎧が銀から黒へと変わったように。


「それで依頼の内容は?」

「冒険者ギルドに入り、ランキング10位以内が集まる十豪会じゅうごうかいに参加できるようにしてほしい」

「十豪会? ギルド協会本部で行われるあの十豪会か?」

「そうだ。だが次の十豪会は、ギルド協会本部では行われない」


 隠密が表舞台に顔を出す。そのリスクは計り知れない。だが、ヨルがこの依頼を承諾する情報を俺は掴んでいる。


「神降しレイア。里を滅ぼした彼女もランキングに入っている。うまくいけば直接戦うこともできるだろう」


 黒装束の下の見えない顔が怒りに満たされていく。

 復讐の炎は、消えたと思っても、永遠に何処かで、くすぶっているものだ。


「……貴方は一体、何をしようとしている?」

「完全な世界を作りたいんだ」


 俺の炎も、燃え尽きてはいない。

 肉体は滅びても、この理不尽な世界を作り変える。

 ずっと昔に、そう約束したから。



「リックっ! いまさら戻ってきて何のようだっ!? この裏切り者がっ!!」


 やはり歓迎はされないか。

 北方蛮族地帯の北の果てにある勇者の里。

 数千年経っても、俺の汚名は受け継がれてきたらしい。


「お前が当代の勇者エンドか。女の勇者は初めてだな」

「ど、どこを見ているっ、ボ、ボクは男だっ、どっからどう見ても男の子だっ!」


 どっちでもいい。そんなことは計画に影響しない些細なことだ。


「少し頼みがあってきた。出来れば協力してほしい」

「魔王の尋問に下ったエセ勇者がよくそんなことを言えたものだ。お前がコソコソと東方の隠密や南方の科学者と繋がっているのも把握してるぞっ」


 千里眼の水晶か。数千年たった今も勇者の里にはチートアイテムが送られてきているようだ。


「タダではない。コイツを持ってきた。聖剣エクスカリバーだ」

「ぬばっ、え、え、え、エクスっ、か、か、か、カリバーぁぁあぁっ、お、お、お、お前、勇者を買収できると思っているのかっ!?」


 思っている。勇者なら聖剣に憧れないはずがない。


「ま、まあ、とりあえず、内容だけなら聞いてやっても良い、かな。ま、まだ受けるとは言ってないぞっ」

十豪会じゅうごうかいに参加してくれ。すでにランキングには入っているだろう。その後、大武会が開かれ、俺と戦うことにある」


 怪訝な顔をしたエンドが詰め寄ってくる。


「なんだ、それ? いったい何のために?」

「ある男を優勝させたいんだ。イカサマだとわからないように、圧倒的に」


 トーナメントの枠は決まっている。ギルド協会に潜り込んだリンデンによって対戦の組み合わせも自由自在だ。うまくいけば、タクミは決勝まで無傷で辿り着く。


「何を企んでいるかわからんが、そんなことのためにこの聖剣を捨てるのか?」

「ああ、どのみち俺には剣の才能はなかったんだ」


 勇者としての資格もない。聖剣の光は俺にはわずらわしいだけだ。


「始まりの勇者、お前はどこへ向かおうとしている?」

「パーフェクトワールドだ」



 すべての駒が出揃って、盤面は動き出す。

 完璧な世界の完璧な王は、まだ何も知らず、盤面のど真ん中で、のんびりと鎮座していた。





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