五十九話 あの日へ
ギルド本部には、定期的に出向いていた。
クエストの報酬を受け取ると同時に、新たなクエストを受ける。
その際、リックがコッソリと受付のリンデンさんに魔物の身体の一部が入った試験管のような瓶を渡していた。
『大武会の時と同じやな。リンデンとリックは十年以上前から組んでたんやな』
「ああ、そうだな」
なんだか胸が締め付けられるように息苦しくなる。
リックは、最初から俺やアリスを使って何かを企んでいたのだろうか。
少しも、たとえ一欠片でも俺達を仲間とは見てなかったのだろうか。
『しかし、合成魔法といい、空間魔法といい、どっちもすでに失われた古代魔法や。どうやってリンデンは身に付けたんやろ? リックが教えたんやろか』
「……わからない。でもリックが古代魔法を使うとこなんて見たことがない」
ベビモとアリスの面倒を見ることに必死な過去の俺は、リックの怪しい行動などまるで見ていない。
いや、あの頃の俺は、そんな考え自体、持っていなかった。
『タッくん、もうやめへん、過去回想見るの。知らんでいいこともあるとおもうねん。もうリックが何を企んでてもほっとこうや。良かったら、ふ、二人でどっかに行かへん? 全部ほっといて、誰にもわからんとこで静かに暮らそうや』
「……無理だよ、カルナ。それはもう十年前にやってしまったんだ」
すべての事から逃げ出した過去はもう変えることができない。
「その時のツケを返す時がきたんだ」
だけど、過去を見て未来を変えることはできる。
「現在受けれるS級クエストはございません。そうですね、ランクは少し落ちますが、混沌の谷でAAクラスのクエストが一件ございます」
「ふむ。仕方ないか。ターゲットはなんだ?」
「ターゲットは…… 少々お待ちください」
リンデンさんがヌルハチとの会話を中断し、突然、過去の俺のところに歩いてくる。
「それ」
リンデンさんは、過去の俺を指差してそう言った。
「ああ、こいつ拾ったんだ。大丈夫だよ、大人しいから」
「違います。その服です」
ベビモのことを注意しに来たと思っていたが、どうやら違うらしい。服を見るといつのまにかシャツのボタンが全部無くなって、胸肌が露出していた。
ベビモのほうを見ると、プイと目線を逸らす。
こいつ、ボタン食べやがったな。
「脱いでください。ちょうど手持ちに予備のボタンがあります」
「ええっ、ここでっ! いいよっ、悪いしっ!」
そう言ったのに、無言でリンデンさんは俺の服を脱がせは始める。
「ちょ、ちょっとっ! 受付がそんなことするなんておかしくないっ! 後で私がやったげるわ、やめなさいっ!」
サシャの声がまるで聞こえないのか、リンデンさんは俺から脱がした服に手際よくボタンを縫い付けていく。
「優しいんだな。受付のお姉さん。次はオイラも頼めるかな?」
いつのまにかバッツがシャツのボタンを全部ちぎって、前を全開にはだけさせている。
パチン、とリンデンさんが指を鳴らすと入門試験の時のようにギルドの衛兵さん達がやって来た。
「その猥褻物を連れて行って」
「はっ」
「えっ、うそっ、またかよっ! やめてーー!」
再び衛兵に両脇を抱えられて退場していくバッツ。
『タッくん、なんか固まってない?』
「ああ、ほんの少しだけ違和感があるんだ」
デジャヴというやつだ。
俺は昔、同じようなことをリンデンさんにされている。
だけどそのことを思い出すことは出来ない。
幼い頃の記憶は完全に消えてしまったのだ。
「出来ました、どうぞ」
「あ、ありがとう」
ボタンを付け終わるとリンデンさんは何事も無かったかのように受付に戻っていく。
「お待たせしました。それでは混沌の谷でのターゲットを……」
「いや、おかしいじゃろっ!」
受付から動かなかったヌルハチがようやく突っ込んだ。
「なんじゃ、お主はっ。うちのタクミに気があるのかっ。よくできる女ですアピールかっ」
「そんなつもりはありません。たまたま裁縫の練習がしたくなっただけです」
「ならバッツですれば良いではないかっ」
「それは断固拒否させて頂きます」
ヌルハチの口撃を強引にかわしていくリンデンさん。
「これからボタン取れてたらすぐ言ってね、タクミ」
「あ、ああ、うん、わかった」
サシャが過去の俺のシャツの裾を掴んで拗ねている。
『過去でもタッくん、モテモテやな』
「そうでもないよ。俺が頼りないから、みんな保護者の気分なんだよ」
ようやくクエストを受けて、ギルド協会を後にする。
出る時にリンデンさんが誰にも気付かれないように、こっそりとリックに卵のようなものを渡していた。
「むにゃ、タクミ、ご飯まだ?」
これから何が起こるかわからないアリスが過去の俺の背中でしあわせそうに寝言を言っている。
混沌の谷でのクエストは、比較的簡単にクリアすることができた。
ヌルハチの魔法が強いだけではなく、この頃からクエストに挑む前にリックが作戦を立てるようになっていた。
それがいつも見事にハマり、効率よくクエストを達成していく。
「リックをこのパーティーのリーダーに任命する」
混沌の谷でキャンプをしている時にヌルハチがそう言った。
辺りはすでに真っ暗になり、焚き火を囲むように四人で円になっていた。
すぐ側でベビモとアリスは絡まるように抱き合って寝息を立てている。
起きている時は喧嘩ばかりだが、寝ている時だけは仲が良い。たぶん、お互い体温が気持ちいいのだろう。
「……別にどちらでもいいが」
リックは特に嬉しそうにも、嫌そうにもしなかった。
与えられた役割を淡々とこなす。
リックはずっとそんな感じだった。
「よろしくな、リック。頼りにしてるぞ」
ただ俺がそう言った時、リックは何かを言いかけて、自らそれをやめていた。
鎧で表情は見えなかったが、リックはほんの少しだけ迷っているのだと思った。
馬鹿な過去の俺はそんなことには気付かず、アリスとベビモのほうに行って、毛布をかけている。
あの時、俺がそのことに気がついていたら、これから起きることは止められたのだろうか。
一人になったリックは、鎧の中からリンデンさんから受け取った卵を取り出す。
それは様々な色が混ざった毒々しい卵だった。
『解殻』
静かにリックが卵に向かってつぶやいた。
『魔族語や。しかも、あれは……』
卵の殻が破れ、そこから肉が溢れて広がる。
それらが形を成していき、見たことがある魔獣になっていく。
『古代魔法や』
リックの前に、アリスが暴走することになったキメラが誕生した。




