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六話 恐怖はまさしく過去からやってくる

「我らドラゴンの一族は種族ごとに王が存在し、そのすべての頂点に古代龍エンシェントドラゴンのじいちゃんが君臨していた。それがタクミ殿との戦いで引退し、ブラックドラゴンの王である我が父がその後を引き継いだのだ」


 クロエが真剣な表情で語り出すが、基本無視することに決めた。

 俺には関係ない。

 ドラゴン族の話など、俺にはまるで関係ない。


「しかし、父は自分よりも、遥かに強い古代龍のじいちゃんを圧倒的な力で凌駕したタクミ殿にその王の座を譲りたい、そう言い出したのだ」


 昨日の残りのラビ汁を焚き火で温めて米を入れる。少し煮立ったところにケッコーの卵を二つ、片手で同時に割って投入する。さっ、と軽くかき混ぜてから、シオを少量ふりかけた。

 ごくり、と喉を鳴らしたのは隣に座るレイアだった。


「さすがタクミさん。卵投入のタイミング、シオの分量、まさに神の領域です。私、もう我慢ができません」

「まだだ。あと少し。卵が半熟になるまで、もう少し待つのだ」


 そう、火を止める絶妙なタイミングを。


「我も最初は父に反対しました。見たこともないような人間に王の座を明け渡そうとするとは何事かと。我はその真価を問いに行くといいタクミ殿の所に参ったのだっ……て、話聞いてます?」

「聞いてない、今はそれどころではないぞ、黒トカゲ」

「貴方に報告があって来たのだ、という所までは聞いてた」

「まったく聞いてへんやんっ」


 クロエが泣きそうな顔になって崩れ落ちる。 

 泣きたいのはこっちの方だ。

 のんびり暮らしていたのに、いきなりドラゴン族の王になっているなど悪夢以外の何ものでもない。


「お、できたな。話はこれくらいにして朝飯にしよう」


 ぎゅるるる、という腹の音がレイアから聞こえてくる。

お椀におじやをよそって二人に渡す。

レイアは待ちきれないといったように、急いでおじやを掻き込んでゆく。


「た、タクミさん、おいひい。たまごがとろけて、これは、もう、たまりまふぇん」


 このまま食事して話が終わってくれればと思ったが、昨日と違いクロエはおじやに手をつけない。


「……我らドラゴンの一族は強き者に従うのが習わしです。じいちゃんを圧倒するほどの力を持ちながら、その力を誇示せず、謙虚に慎ましく生きるタクミ殿に、我はドラゴン族の未来を見たのです」


 いや、それ、絶望の未来だから。


「どうか、どうか我らドラゴン族の王となり、我らを導いてくださいっ」


 無理です。いやです。ごめんなさい。

 いい断り方が思い浮かばず、悩んでいると、一杯目のおじやを食べたレイアが俺に代わり語り出す。


「まあ、落ち着け、黒トカゲ。タクミさんは何も王にならないとは言っていない」


 いや言ったよ。

 そのシーンはまるまるカットされてるけど、王にならないって叫んだよ。


「本当かっ、なってくれるのかっ」

「慌てるな、今はまだその時ではない。そう言っておられるのだ」


 は? 今はまだ?


「その時とは? いったいそれはいつなのだっ」

「決まっておろう。ドラゴン族だけではなく、この世界のありとあらゆる種族を征服し、完全なる王としての玉座を用意された時だ。タクミさんは、たかがドラゴン族の王などというものでは満足なさらぬっ」

「うむ。よくわかっ……いや、わかってないわっ!」


 あ、危ない。

 いつものノリで言ってしまうとこだった。


「え、違うのですか?」

「違う。俺はここから動くつもりはないし、完全なる王にも興味はない」


 そうだ。十年前、パーティーから追放されて冒険者を引退してからずっと決めていた。

 すべてのしがらみを捨て、一人で生きていくことを。


「クロエ、悪いが俺は王になるつもりはない。ここで欲しいものはすべて手に入るんだ。人が生きていく上で必要なものは全部、この山が俺に与えてくれる」


 もっともその一部、大量の芋を無駄に使われたため、この冬は大ピンチだが。


「食べてみろ。命などしょくとで満たされる」


 クロエがようやくおじやに口をつける。


「はぅっ、温かい何かがカラダを包み込むっ」

「ああ、そうだろう。ようやくわかったか、黒トカゲ」


 世界の玉座とか言っていたレイアが、何故かドヤ顔でうなづいている。


「確かにタクミ殿にはドラゴン族の王などというものは余計なものなのだな。だが、我らはすでにタクミ殿を主と決めている。導いてくれとまでは言いません。せめて、タクミ殿の下に我らドラゴン族がいる事を心の片隅に留めて置いてはくれませぬか」

「わ、わかった。考えておこう」


 すでに、どうしても断れない状況に追い込まれていた。弟子に引き続き、ドラゴンの軍勢まで抱え込んでしまう。なんでこんなことになっちゃったんだろう。


「そういえばレイアやクロエは、なんで俺がここに住んでいることがわかったんだ? この場所は誰にも言っていないのに」


 そうだ。事の発端はレイアやクロエが俺を訪ねて来たことから始まったのだ。この十年間、俺を訪ねてくる者など一人もいなかった。何故、此処がわかってしまったのか。それが一番の問題だ。


「私はアリス師匠に聞きました。アリス師匠は修行の末、目を閉じてタクミさんのことを考えるだけで、どこで何をしているか、鮮明な映像が浮かんでくるようになったそうです」


 怖っ。

 何それ、ホラーだよっ。

 超進化系ストーカーだよっ!

 もはや、返す言葉も見つからない。


「く、クロエのほうは? どうやってここに?」

「ああ、我は冒険者ギルドというところで聞いたのだ。ランキング一位のタクミ殿は何処にいるのか、と」

「え? ギルドが俺の場所を知っていたのか?」

「いえ、たとえ知っていたとしても、教えることはできないと生意気なことを言っていました」


 よかった。そんなとこで公表されたら、変な奴らが沢山やってきそうだ。


「だが、偶然にもそのギルドで、我と同じくタクミ殿を探している者がいたのだ」


 どくん、と心臓が高鳴った。

 俺を探しているギルドの者。


『どこに行こうとも、必ずアナタを見つけてやるっ』


 パーティーを追放された時の、思い出したくない過去の思い出が蘇る。


「その者がタクミ殿の所持品を持っていたのでな、我はそれを譲り受け、その匂いを辿ってここに来たのだ」


 チリン、という鈴の音と共に、クロエが取り出した物を見る。

 間違いない。

 アイツが俺に付けていた魔力の鈴だ。


「クロエっ、それを持ってすぐに帰れっ、その鈴はどこか遠くへ捨てて来いっ!」

「えっ、いきなりどうし…… ! 鈴がっ」


 クロエの持っていた鈴から光が溢れる。

 遅かった。もっと早く対処するべきだったっ。

 転移の魔法。

 一番、見つかりたくない相手にこの場所が見つかった。十年前と全く同じ、変わらない姿で彼女はやって来た。

 追放されたパーティーの元メンバー。

 エルフの魔法使いにして、不老不死の肉体を持つ、元ギルドランキング一位。


 大賢者ヌルハチがやって来た。



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