五十八話 異質達
ベビモは魔王の大迷宮に入ろうとしなかった。
小さい身体で頑なに拒否して、いきません、を強調している。
地面にへばりついて離れないベビモを仕方なく置いていくことにした。
「そういえばカルナもここで体調崩したな。何か関係あるのか?」
『わからへん。でもうちも魔装備やし、ベビモも魔獣やから関係あるとおもうで。魔王の大迷宮には、四天王も近づかへんし、魔王本体から出てるオーラは、うちらにとって毒みたいなもんやと思うわ』
「本体のままだと魔王は、同じ魔族の仲間とも一緒にいれないのか?」
大武会でリンデンさんを失った魔王は、また新しい憑代を探しているのだろうか。
『同じやない、と思うで。魔族は元々は普通の種族や獣が変化したものや。負の感情が爆発した時に変化するねん。でも、魔王は違うねん。生まれた時から魔族やったって聞いてる。そんなん魔王ただ一人や』
「たった一人……」
その異質な存在はどうして生まれてきたんだろうか。
いや、魔王だけではない。
人間として、その強さの限界を遥かに超えているアリスも、だ。
『本当に創造神がいるなら、魔王は間違えて作られたんやと思うわ。世界のバランスを崩してしまう存在やからな。昔、神々と戦ったいう噂もあるし、神様なかったことにしようとしたんちゃうかな』
それが本当ならひどいことだ。
魔王には散々な目にあわされたが、少し同情してしまう。
『いや、ちょっとまってな。神様、魔王を倒せへんかったなら、その後、なんもせんかったんかな? もしかして、アリスを魔王の大迷宮に捨てたんは……』
「やめよう。推測に過ぎない」
アリスが魔王を倒すために神様が作った人間だとしたら、あまりにも悲しい。
そんな事の為にアリスが生まれてきたのではない、そう信じたかった。
カルナと会話している間に、過去の俺が魔王の部屋の扉を簡単に開けてしまう。
【エラー。力ノ測定ガ、デキマセン。機能ヲ停止シマス】
『扉の仕掛け、単純やわ。力の総量を測って天秤にかけとる。でも力がゼロやと測ることすら出来ずにエラーを起こして開いてしまうねんな』
「力がゼロの人間なんて想定外だったんだな」
自分で言ってて悲しくなる。
想定外の最弱とか、あまりにも情けない。
『あれ? そういえばそうやな。タッくんもよく考えたら唯一無二の存在やな。いや、これって。もしかしてアリスやなくて、タッくんが……』
「カルナっ、アリスが何を言ってるかわかるぞっ」
カルナが何かを言っていたが、それを遮って話しかける。
出会った時、獣のように吠えているだけと思っていたアリスは、ちゃんと言葉を話していたのだ。
『魔族語やな。うちがおるから自動で翻訳されてるんや。タッくん、ボリュームあげて』
過去回想のボリュームを上げる。
アリスに近寄る過去の俺に向かってアリスはハッキリとこう言った。
『なに、こいつ? 壊していいの?』
アリスが言った言葉がわからずにニコニコしている過去の俺。
アリス、すっごい怖い事言っていたっ!
逃げて! 過去の俺、早く逃げて!
だが、俺の忠告を無視して過去の俺はアリスの頭を撫でようとしている。
過去では気がつかなかった幼いアリスが俺に向かって殴ろうと手を振り上げていた。
「ええっ! これ、俺、死ぬんじゃないのっ!?」
『死んでたら、今おらんから大丈夫や』
確かにカルナの言う通りだった。
『んっ』
過去の俺の手がアリスの頭に触れる。
同時に放たれたアリスの拳はぺちん、とやさしく触れただけだった。
アリスを抱っこして、ヌルハチ達と魔王の部屋から出て行く。
そんな中、最後に部屋を出たリックが中を覗きこむように振り向いていた。
「リックには見えているのか? 精神体の魔王が」
『わからへん。でも見えてるみたいやな。 タッくん、リックが鎧脱いだん見たことある?』
「いや、一度も鎧の下は見たことはない。どうしてだ?」
『……身体あるん? 存在感が 精神体の魔王と似ているような気がするねん』
考えたことも無かった。
そうなるとリックは人間ということも怪しいことになる。
「……いずれまた」
ボリュームの上がった過去回想で、リックは魔王に向かってそう言っていた。
「もきゅっ! もっきゅーーっ!」
地上に出てきた途端にアリスに向かってベビモが吠える。
「シャーーっ!」
アリスも対抗して威嚇していた。
翻訳されないところを見ると、魔族語ではなく本当に吠えているようだ。
『めっちゃ仲悪いやん。なんでなん?』
「わからん。お互い気に入らないみたいなんだ」
『どっちもタッくん、好きやから取り合ってるんかな?』
アリスとベビモはどっちも俺にしか懐かないのに、顔を合わせると喧嘩ばかりしていた。
仕方ないのでサシャに抱っこ紐とおんぶ紐を作ってもらう。前でベビモを抱っこして、後ろでアリスをおんぶする。いつのまにか、それが俺の冒険者スタイルになっていた。
『ぷっ、タッくん、育児を頑張るお母さんみたいになってる』
「くっ、剣で戦うより似合ってやがる」
ペットと幼女をあやしながら、冒険する過去の俺は、入門試験の時より輝いて見える。
ヌルハチ達が戦闘する横で、ベビモにミルクをあげながら、アリスにおやつをあげている。
いつのまにか、ヌルハチに買ってもらった大剣は重たいので馬車の中にしまうことが多くなっていた。
『タッくん、リックが……』
ヌルハチは再び魔力を貯め直す為、S級クエストを次々と受けていく。
過去では気付かなかったが、リックは倒した魔物の身体の一部を試験管のような瓶の中に入れていた。
「ああ、そうか。アレはリックが関係していたのか」
混沌の谷の事件を思い出す。
様々な魔物が融合し、混ざり合ったキメラと呼ばれる変異体。
アリスの一撃を喰らいながらも反撃してきたあの魔物は、やはり自然に生まれた存在ではなかった。
リックが全ての黒幕ということを改めて実感する。
だが、同時に仲間として一緒に暮らした日々も思い出す。
「……リック」
未来からの俺の声は、過去のリックには届かなかった。