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五十七話 赤ちゃん獣と未熟カレー

 

「もきゅ、もきゅもきゅ、もきゅう?」


 皇帝(カイザー)ベヒモスから産まれた小さな獣はまるで別物の可愛い獣だった。

 鉄のような皮膚はなく、全身を白い体毛に覆われ、目も口も隠れている。唯一見えているのは豆粒のような黒い小さな鼻だけだ。


「なにこれっ、かわいいーっ!モッフモフ!」


 俺の腕の中で抱かれる小型ベヒモスをサシャが俺ごと抱きしめる。


『ああっ、タッくんが照れてるっ。慣れへん女子からのスキンシップで照れてるーっ』

「やめてあげて。あの頃の俺、女子との接触ほぼゼロなんだから」


 もっとも今もそんなに変わらないのは秘密である。


「もきゅっ、もきゅっきゅっ!」


 俺に抱かれている時は大人しかった小型ベヒモスがサシャに抱かれて暴れ出す。


「あ、あれ? なんで、お姉ちゃんのこと嫌い?」

「もきゅ」


 即答するようにうなづく小型ベヒモスにガガーーンと、サシャが崩れ落ちる。


「なんだか知らんがタクミにだけ、懐いているな」


 バッツが触ろうとしたら、もきゅん、と噛みつこうとする。

 本当に俺にだけ懐いているようだ。


「その獣は皇帝ベヒモスの生まれ変わりみたいなものだ。敵として戦ったヌルハチ達を嫌っているのだろう。唯一、敵意を見せなかったタクミだけに心を許しているみたいだな」


 そう言いながら、ヌルハチは魔法で溶かした元皇帝ベヒモスのほうに手を伸ばす。


「ふむ、想像以上の魔力だ。これは思ったより早く目的の数値に辿り着きそうだ」

「もきゅっ、もっきゅうっ!」


 腕の中で小型ベヒモスがヌルハチに怒っている。

 確かに生まれ変わりなら、自分をやっつけて魔力を奪ったヌルハチを憎んでも仕方がない。


「ちょっとまてよ、じゃあコイツ、やがてはあの巨大な皇帝ベヒモスに育つってことか?」

「心配せんでもあそこまで成長するのに、千年以上はかかる。今はただの小動物だ。飼うなり、食べるなり、好きにしたらいい」

「も、もきゅんっ!」


 食べるというヌルハチの言葉に反応して俺の腕の中に隠れる小型ベヒモス。

 どうやら俺達の言葉がわかるようだ。

 さすがにそんな獣を食べる気にはなれない。

 頭を撫でると、嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らし、尻尾を振る。

 ネコ科なのか、イヌ科なのかどっちなんだろうか。

 わたあめのような小型ベヒモスを持ち上げる。


「よし、名前をつけるか」


 小型ベヒモスを飼うことに決め、名前を考える。


「ねえ、ベヒ坊てどうかな? 可愛くない?」

「もきゅっ!」


 瞬時に首を横に振られて、再びガガーーンと落ち込むサシャ。


「非常食というのはどうだ? 」

「オイラはわた肉がいいと思う」

「もっ、ももももっ!!」


 うん、みんな食おうと思ってるよね。

 ヌルハチとバッツがだした名前に小型ベヒモスがめっちゃ怒っている。

 リックは興味がないのか、少し離れたところで静観していた。


「じゃあ、赤ちゃんだし、ベビモって名前はどうだ?」

「もっきゅーーんっ」


 どうやら気に入ってくれたようで、尻尾をぶんぶん振って喜んでいる。


「やはり、タクミにだけ懐いているようだな」


 いや、違うぞヌルハチ。

 それとは関係なく、非常食やわた肉は名前じゃないから。


『なあ、タッくん。今ベビモおらんけど、どうなったん? やっぱり食べてしもうたん?』

「食べてないよっ! 今も元気に生きてるよっ!」


 そういえば、しばらくベビモと会っていない。

 今回のゴタゴタが片付いたら、久しぶりに会いに行こう。


「もきゅ」


 今の俺に答えるように、嬉しそうにベビモが鳴いた。



 それからもしばらくヌルハチはS級クラスのクエストを受けて、俺は何度も死にかけた。

 ほとんどのクエストで気を失っていたのだが、過去を振り返るとその映像や出来事が全部わかってしまう。


「どうして、俺が見てないことまで覚えているんだろう?」

『実際見てなくても脳はいろんなものをデータ化して記憶しておけるねん。うち剣になってから、視覚やなくて感覚で見えるようになったもん』

「超感覚みたいなものか?」

『意識なくて見てなくても、脳や身体に記憶が残ってるんやろな』


 よくわからんが、過去がわかって便利なので、あえて突っ込まない。


「もきゅ、もきゅ」


 S級クラスのクエストにベビモを連れて行くのは、大丈夫かと心配していたが杞憂だった。

 小さくても元は皇帝ベヒモス。

 魔物攻撃が来た時には、息を吸い込んで身体を大きく膨らませ、俺をガードしてくれる。


「も、きゅ?」


 大丈夫? とか言ってくれているのだろうか。

 あまりの可愛さに抱きしめてしまう。


「ありがとう、ベビモ。今日のご飯、腕によりをかけて作るからな」

「もっきゅーーっ!」


 一緒にクエストで戦い、ご飯を食べ、共に寝る。

 ベビモはいつのまにか俺のかけがえのないパートナーになっていた。


『タッくん、小動物に守られてるやん。普通逆やない?』

「うん、俺もそう思う」



 クエストを終えた後は、頑張ったみんなの為に食事を作るのが俺の役目になっていた。


「タクミ、私も手伝おうか?」

「いいよ、サシャ、俺の回復で疲れただろう。俺、何もしてないからな。料理くらいは任せてくれ」


 そう言って、一人黙々と料理をする過去の俺。


『タッくん、クエストしてる時より、イキイキしてるやん』

「うん、この頃から料理の楽しさに目覚めたんだ」


 荷物の中から、瓶をいくつか取り出して鍋の前に並べている。フタを開けるとスパイスの香りが鼻をくすぐる。


「今夜はカレーにしよう。ベビモがいるから少し辛さは控え目にしておこう」


 まだまだ甘いな過去の俺。

 スパイスを沢山使って、得意げになっているがその組み合わせは好ましくない。

 本当にうまいカレーは、素材の味を生かし、スパイスはあくまでそれを助ける補助として使わなければいけないのだ。それでは一流の料理人と名乗るのはまだまだ先のことだ。


『いやタッくん冒険者やから。何料理人目指してるん。まぁタッくんの荷物、すでに料理関係しか入ってへんけど』


 いつのまにか冒険者の装備はヌルハチに買ってもらった大剣だけになっている。

 もう心の中では、この時すでに冒険者として活躍する夢を諦めていたのかもしれない。


「みんな、できたぞ。沢山オカワリあるからな」


 今の俺にとっては、まだまだ未熟なカレーもヌルハチ達には大好評だった。


「もきゅ、もっきゅぅ」

「おお、食べるの早いな、ベビモ。もうオカワリかっ」


 ベビモの口についたカレーを拭ってやりながら、オカワリをよそう。


『楽しそうやな、なんで冒険者、やめてしもたん?』


 カルナのその質問には答えなかった。


「もうすぐ見れるよ」


 その答えになる出来事、ヌルハチ達と魔王の大迷宮(ラビリンス)に向かい、俺がアリスと出会う日はもうすぐそこまで迫っていた。

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