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五十六話 皇帝ベヒモスとの死闘

 

「パーティーも出来たことだし、次のクエストはSランクに挑戦しよう」


 ヌルハチの言葉に、Dランク冒険者になって浮かれていた気分が奈落の底まで沈み込む。


「そ、それはちょっと無茶なんじゃないかな」


 前回のAAAランクすら死に物狂いだったのに、伝説級のSランククエストに挑んで生き残れる気がしない。


「心配するな。この三人はなかなか優秀だ。Sランクといえど、臆することはない」


 ヌルハチに説得され、Sランクのクエストを受諾する。


【Sランク 皇帝(カイザー)ベヒモスの討伐】


 それは、古代龍(エンシェントドラゴン)と並ぶ超級魔獣の討伐クエストだった。



『なんでヌルハチ、こんな無茶なクエストばかり受けてたん?』

「この当時はわからなかったよ。でも今ならわかる。ヌルハチは魔王の大迷宮(ラビリンス)の扉を開ける為に魔力を貯めていたんだ」


 カルナの質問に答えながら、あの頃の俺は、無茶なクエストばかりに挑むヌルハチを鬼としか思わなかった。



「ヌルハチっ、タクミが焦げてるっ!」

「サシャ、水をかけながら回復魔法をっ! リック、こっちはいいっ! タクミのガードに専念しろっ!」


 巨大な岩に囲まれた渓谷で、皇帝ベヒモスとの戦闘が始まった。

 完璧な獣と呼ばれるその魔獣は、これまで見たどの魔獣よりも大きく、最大の陸上生物パオーンの数十倍の大きさだった。

 鉄のような黒い外殻に覆われ、鎧を纏った巨大な獣というのが俺の第一印象だった。


「ゴォォォゥ」


 皇帝ベヒモスが息を吐くたびに、口から熱波が噴出される。

 熱防御に耐性のない俺は真っ先に焼け焦げた。


『あかんっ、タッくんっ! レベル違いすぎて、近くにいるだけで灰になるでっ!』

「うん、知ってる。俺、この後しばらく火を使った料理作れなかった」


 地獄の思い出が蘇り、震えが止まらない。


 リックとサシャの援護を受けながら、焦げて黒くなり、身を縮めている過去の俺は、二回目のギルド入門試験で調子に乗っていた面影すらない。


 ヌルハチと皇帝ベヒモスの激闘は熾烈を極め、お互い決め手に欠け、睨み合っている。

 その時だ。


「ゴガァアアアアアアッ」


 突如、渓谷の上から巨大な岩が皇帝ベヒモスに向かって、落ちてきた。

 頭上を見上げると、いつの間にかいなくなっていたバッツが、丸太を使った簡易的な仕掛けで岩を次々と落としている。

 岩を落とした程度で鉄のような皮膚を持つ皇帝ベヒモスに、それほどのダメージはあるとは思えない。

 だが、明らかに集中力が散漫になり、これまで無かったような隙が生まれる。

 それを見逃すようなヌルハチではなかった。


 ヌルハチが、自身を覆っていた制御のマントを脱ぎ捨て、膨大な魔力を放出する。

 ヌルハチの頭上にとんでもなく巨大な魔法陣が浮かび上がった。


 ヌルハチが両手を挙げ、大きく振りかぶる。

 それは、見えないピアノの鍵盤を叩き付きけるような動きだった。

 その動きと連動し、巨大な魔方陣から光が噴出する。

 真っ直ぐに、ただ一直線に、ビーム状となった光が皇帝ベヒモスに向かって降り注ぐ。

 鉄のような皮膚がまるで熱した飴細工のように溶けていき、皇帝ベヒモスが断末魔の雄叫びをあげる。


 決着がつく。

 その場の誰もがそう思った。

 だが……


「ゴアギャアアぁあぁアアアアアアぁっ」


 最後の最後に力を振り絞った皇帝ベヒモスの口から何かが飛んでくる。

 それは炎を纏った人の頭ほどの小さな塊だった。


「馬鹿なっ!」


 ヌルハチがここまで動揺するのを初めて見る。

 皇帝ベヒモスの本体はヌルハチの極大の光のビームで、完全に溶けてなくなっている。

 だが、最後に吐き出した炎の塊は、その光を切り裂いて、うねりをあげて、飛んできた。


 ヌルハチに、ではない。

 この場で最も力のない最弱の男、つまりこの俺に向かって、飛んできたのだ。


『タッくんっ! あかんっ! 逃げてぇぇっ!!』


 これが過去回想ということも忘れてカルナが絶叫する。


「リ、リックっ! 頼むっ、タクミをっ!」


 ヌルハチの叫びには祈りや願いが込められていた。

 それほどまでに、この炎の塊は絶望的な死を予感させた。

 ちなみに、過去の俺はこの状況に耐えきれず、立ったまま気絶している。


「……連層千枚ノ盾(シールドミルフィーユ)


 リックは盾を何層にも重ねて、炎の塊を迎え撃つ。

 だが、そんなものなど御構い無しといったように、盾はパリンパリンと次々に割れていく。


聖強化(セイントドーピング)っ」


 サシャがリックの盾を強化する為、魔法をかける。


「きゃっ!」


 だが、それも全く意味をなさず、かけた魔法ごとサシャが吹っ飛ばされた。


『タッくんっ、もうあかんやんっ! これ、タッくん、死んでしまうやんっ!!』

「いや、覚えてないけど、今生きてるから助かるっ、はずっ、だとおもうっ、たぶんっ!」


 自分でもどうやって助かったのかまるでわからない。


「……やむを得ない」


 炎の塊が過去の俺に当たる直前で、その間に立ったのは、全ての盾を砕かれたリックだった。


 まるで勢いの止まらない炎の塊をその胸で受け止める。

 リックの黒い鎧が燃え盛り、衝撃が振動する波のように襲いかかる。


『……タッくんっ!』

「ああ、見てるよ」


 燃えたリックの黒い鎧がボロボロになって崩れていく。

 だが、それは外側の表層だけで中から金色に輝く、新たな鎧が顔を出す。


「それは、無敵の鎧アイギスかっ」


 ヌルハチが声を上げる。

 黄金の鎧の中で、炎の塊はその動きを止めていた。

 よく見ると籠手の部分も黒色のメッキが剥がれ、稲妻が刻まれた銀色に変わっている。


『雷神トールの籠手ヤールングレイプルや』

「全部、魔装備なのか」

『うん、普通ならありえへんでっ。魔装備は一つでも装備するのが難しいねんっ。あの男、それを三つ以上装備しとるやんかっ』


 三つ以上。

 そう一番目立っているのは、鎧でも籠手でもなく兜だった。

 真っ黒だったその兜は、今は血のような真っ赤な色に染まっている。

 リックはただの黒い鎧を着ているわけではなかった。

 その全身を魔装備で固めていたのだ。


「それは存在を消せるハデスの兜か。神話か何かで聞いたことはあったが、本当に存在していたのか」


 渓谷の上から降りてきたバッツがリックに問いかける。

 しかし、リックは無言のまま、何も答えはしなかった。


「まあ、アンタが何故、そんな魔装備を持っているかなんてどうでもいいさ。仲間を助けてくれた、それだけでいいじゃないか、なあ、ヌルハチ」


 ヌルハチはすぐには答えなかったが、立ったまま気絶している俺を見た後、静かにうなづいた。


「そうだな、よくタクミを守ってくれた。感謝する、リック」


 リックはこくり、とうなづいただけで何も話さなかった。

 何か呪文のような文言を唱えると再びすべての装備が黒く染まっていく。


「いたたた、あれ、リック、どうなったの?」


 強化魔法に失敗して、吹っ飛ばされ、気を失っていたサシャが目を覚ます。

 過去の俺はまだ気絶したままだ。


「あの炎の塊どうなったの? え? リックが受け止めたのっ!?」


 サシャがリックの手の中にあるものを覗きに行く。

 皇帝ベヒモスが最後に吐き出したもの、それは……


「もきゅ」


 可愛い声で鳴いたのは、手の平サイズまで小さくなった産まれたての赤ちゃん皇帝ベヒモスだった。



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