閑話 タクミとリンデン
調子に乗っていた。
天才魔法少女と煽てられ、幼い頃からチヤホヤされていたからだ。
私が生まれた西方ウェストランドは魔法王国と呼ばれ、魔力の強い者が高い地位につくことができた。
六老導と呼ばれる六人の魔法使いが国を支配し、その高い魔力から数百年、トップは入れ替わることがなかったという。
「リンの魔力は、計り知れない。これは六老導が入れ替わるかもしれんぞ」
両親も私を褒め称え、持ち上げる。
私の増長は止まるところをしらなかった。
「新しい魔法を作ったの、これ、どうかしら?」
5歳の頃、魔導書にないオリジナルの魔法を完成させる。
何もない空間に小さな穴を開ける魔法。
それは、すでに失われていた古代魔法の一種だったらしい。
両親だけではなく、国を挙げての大騒ぎになった。
天才魔法少女として、私の評価はさらに上がっていく。
「失われた古代魔法は、六老導ですら、わからないらしい。もはや師匠である六老導の肆老、ヨロズすら超えているかもしれん。どうだ、リン。ルシア王国にいってみないか?」
そこには、長きに渡り、ギルドランキングの一位に君臨する大賢者ヌルハチがいるという。
彼女ならば、失われた古代魔法の知識を持っているのではないか、ということだった。
「そうね。大賢者など、役に立つかわからないけど、観光ついでに行ってあげるわ」
世間知らずで、怖いもの知らずだった私は、軽い気持ちでルシア王国に向かう。
愚かな私は自分が無敵の英雄にでもなったつもりだった。
その勘違いにもっと早く気がついていれば、あんなことにはならなかったのに……
「なんなの、ここはっ! もっといい宿は取れなかったのっ! こんな薄汚いところに私を泊めるつもりっ!?」
ルシア王国の宿屋は、私が住むお屋敷の物置よりも小さく、まるで掘っ建て小屋だった。
「すまない、リン。この宿屋は大賢者ヌルハチの御用達らしい。ここで待っているようにと、ルシア王国の女王からも伝えられたんだ」
「ふんっ、こんなところが御用達なんて、大賢者も大したことないわねっ。強力な魔法が使えるという噂も怪しいものだわっ」
この当時からヌルハチは、信じられないようなクラスのクエストを一人で受けて、魔力を貯めていたという。
私なんかとは比べものにならないほどの魔法使いだったが、身の程知らずの私は大賢者すら見下していた。
「まったく、せめてご飯くらいはマシなものが出てくるんでしょうね。これで不味かったら、さすがに我慢出来ないわよっ!」
そう怒鳴った時だった。
部屋の扉の隙間から、じっと私を見る視線に気がつく。
「なによ、あなた」
扉を開けると、そこには同じくらいの年齢の少年が立っていた。
みすぼらしい布の服に、木の棒を腰にさしている。
「夕食が出来たから呼びに行けって、父さんに言われたんだ」
「あらそう。話聞いてた? ご飯不味かったら、承知しないわよ」
「大丈夫だよ。父さんのご飯は世界一美味いんだ」
そう言ってニッコリ笑う少年に、私はふんっ、とふんぞり返る
それが、タクミとの初めての出会いだった。
「なにこれっ、本当に美味しいじゃないっ!」
まったく期待してなかったのだが、少年が言ったように、料理はかなり美味しいものだった。
材料に豪華なものはまるでない。
なのに素材の味を最大限まで引き出し、旨味を凝縮させたような料理は、これまで食べたどんな料理よりも美味しかった。
「ほら、言ったとおりだろ」
まるで自分が作ったかのように少年が胸を張る。
ちょっとカチンときたが、料理を食べる手が止まらなかったので許してやることにした。
「何? あんた、今日もついてくるの?」
「う、うん。ダメかな?」
「いいわよ、べつに、見られて減るもんじゃないし」
大賢者ヌルハチが現れぬまま、数週間が経つ。
大賢者を待つ間、腕を鈍らせない為に、毎日、裏山で魔法の修練をしていたが、いつもタクは私のあとをついてくる。
「ボク、冒険者になりたいんだ」
そう言った少年には、魔力がまったく無くて、普通の力もないように感じた。
将来、冒険者になりたくて魔法の一つくらい覚えておきたいらしいが、少年には魔力がまったくない。
冒険者より、宿屋を継いだら?
何度もそう言おうとして、その言葉を飲むこんだ。
なんの才能もないのに、必死に努力して冒険者になろうとする少年を私は応援したくなっていた。
さらに数ヶ月が経過したが、大賢者ヌルハチはまったくやってこない。
「ほら、タク、いくよ。今日は古代魔法を見せてあげるわ」
「ほんとにっ! すぐ準備するよっ! 待ってて、リンっ!」
私達はいつのまにかタクとリンと呼び合うほど仲良くなっていた。
タクは他の人間とは違っていた。
膨大な魔力を持っている私に対しても、まるで普通に接してくる。
思えば、同世代の友達ができたのは初めてのことだった。
私はタクと一緒にいることが楽しくて仕方がなく、このまま大賢者が来なくてもいい、とさえ思うようになる。
「古代魔法はまだ解明されてない部分があるから、無闇やたらに使ってはいけないの。でも、タクには特別に披露してあげる」
私は浮かれていたのだろう。
古代魔法の危険性はわかっていたのに、タクに自慢したくて、軽々しく使ってしまった。
「すごいよっ、リンっ! 空間に穴が開いてるっ!」
街から、少し離れた高原の丘に、人がギリギリ通れるような小さな穴を出現させる。
後に空間魔法と呼ばれるものだが、今の私にはその正体はわからない。
「これ、どこに繋がってるの? 中はどうなってるの?」
「わからないわ。まだ制御できないの。使うたびにランダムで色んな所に繋がるのよ」
それがどれだけ危険なことなのか、私は考えもしなかった。その穴は絶対に繋がってはいけない、恐ろしい場所に繋がっていたのだ。
「あれ? リン、なんか寒くない?」
ポタリ、と穴から水滴が落ちてくる。
無作為に作動させた空間魔法は、ある大迷宮に繋がっていた。
そこから現れたのは、氷漬けになった裸の女性……
始祖の魔王と呼ばれる災厄だった。




