五十五話 封印された記憶
「入門試験お疲れ様でした」
模擬ダンジョンから出てきた俺達をリンデンさんが出迎えてくれた。
前回の試験では地下一階層でリタイアした過去の俺は、二回目の試験で最下層まで到達してしまう。
模擬ダンジョンの最下層、地下十階。
そこで待ち受けていた最終試練は巨大なゴーレムの討伐だった。
「入門試験でゴーレムを倒した新人は、これまでランキング一位の大賢者ヌルハチ様のみでした。大快挙ですね。おめでとうございます」
実際、この時、過去の俺はどうやってゴーレムを倒したのか覚えていなかった。
その日、絶好調と勘違いしていた過去の俺は無謀にも先頭を切ってゴーレムに向かって突っ込んでいった。
フードのヌルハチが慌てて助けに行こうとした時には、間に合わずにゴーレムの豪快なパンチをモロに食らってしまう。
過去の俺がダンジョンの壁に衝突して気絶していた。
「ヌルハチ、タクミがっ!」
「大丈夫だ。直撃する前に硬質化の魔法をかけた。致命傷ではない。サシャは回復と、あと出来ればチャックを閉めてやってくれ」
「ええっ! 嘘っ! これ、私が閉めるのっ!?」
ヌルハチもチャックのことに気づいていたのか。
そして、衝撃の事実を知る。
『タッくん、サシャにチャック閉められてんな』
「最悪だ。すまん、サシャ。俺、最低だよぉ」
サシャが目を閉じた上に、顔を背けながらチャックを閉めてくれている。
そういえば試験の後、しばらく目を合わせてくれなかった。
「コイツは、どうする?」
ゴーレムの攻撃を簡単に防ぎながら、リックが振り向く。
「タクミを傷つけおって。塵となるがいい」
ヌルハチの極大魔法が炸裂し、粉々に砕け散るゴーレム。
こうして、俺達の入門試験は終了したのだった。
「それでは皆様には、査定終了後にギルドカードをお渡し致します」
再び控え室に案内され、待機する。
この時、フードの人物がヌルハチではなくなっていることに気がついた。また入れ替わったのだろう。
「あれ、いつ試験終わったんだ? 俺様、まったく記憶にないぞ」
「いや、君、すごい活躍してたよ。ありがとう、一緒に戦ってくれて」
何も知らない過去の俺がフードの人物にお礼を言っている。
「そうか、俺様、無意識のうちに大活躍してたんだな。流石、俺様だ。がっはははは」
高笑いするフードの人物の声を聞いたことがあった。
あれ、もしかしてこの男……
しばらくして、受付の眼鏡のお姉さん、リンデンさんが全員のギルドカードを持ってくる。
そう、全員のギルドカードだ。つまり……
「お待たせ致しました。皆様、全員合格でございます。名前を呼ばれた方から取りに来て下さい」
「よしっ」
みんなに気づかれないよう、控え室の隅で小さくガッツポーズをする俺。
『よかったなあ、タッくん』
「まあ、不正だけどな」
『昔のタッくん、無邪気で可愛いわ』
「かなり馬鹿だけどな」
確かに過去の俺は、かなりの馬鹿っぷりを発揮しているが、今の俺にないものを持っている。
あの頃、俺はただ純粋に冒険者としてやっていけると信じていたんだ。
「一位通過、ザッハ・トルテ様。Aランクからのスタートになります。ゴーレム討伐お見事でした」
聞いたことのある名前が呼ばれ、フードの人物が前に出る。
「寝ていただけで、ゴーレムを倒し、入門試験をAランクで突破するとは。やはり、俺様は天才だった」
うん、全部ヌルハチの仕業だからね。
後にその実力が間違いだったと気がつくから。
現在、ザッハは大武会予選会場爆破のペナルティで、史上二人目のFランクになっている。
「続いて二位通過、リック様。Bランクからのスタートになります。見事な前衛盾職でした」
リックはすべての攻撃から見事に味方を守っていた。
納得のBランクだ。
『タッくん』
「ああ、見えている」
ギルドカードをリンデンさんから渡されると同時に、リックは同じようなカードを入れ替えるように渡していた。
リンデンさんは、カードをもらった素振りをまったく見せずに、業務を続けていく。
「では、三位通過、サシャ様。Cランクからのスタートになります。なかなか的確な回復役でしたね」
模擬ダンジョン内は、隅々まで魔法で観察しているらしい。ちゃんとサポート役のサシャの活躍も見ていてくれたようだ。
「最後に四位通過、タクミ様。Dランクからのスタートになります」
「Dランクっ!」
最低のFランクからEを飛ばしてDランクになり、思わず叫んでしまう。
結局これが冒険者時代で最高のランクとなるのだが、この時の俺は、まだまだランクを上げていけるというとんでもない勘違いをしていた。
意気揚々とリンデンさんからカードを受け取ろうとする過去の俺。
しかし、それはすぐに渡されることはなかった。
「ギルドの査定ではDランクが出ましたが、気をつけたほうがよろしいと思われます。たまに試験で実力以上の成績を発揮して、間違えたランクを与えられる冒険者がおりますが、ほとんどが早死にしてしまいます」
「そ、そうか、気をつけるよ。だからカードを」
リンデンさんがカードを離してくれず、過去の俺はカードを貰えない。
「よろしければ、カードの返還を受け付けておりますが、いかがなさいますか?」
「い、いやっ、返さないよっ。渡して下さいっ! お願いしますっ!」
リンデンさんとカードを引っ張り合う俺。
全力で引っ張る俺に対してリンデンさんは軽くしか力を入れてないように見える。
なのに完全に力負けしている可哀想な過去の俺に涙が止まらない。
なぜリンデンさんは過去の俺だけに冷たいのだろうか。
バルバロイ会長から何か言われているのか?
「はぁはぁ」
全力を出し尽くし、満身創痍の過去の俺。
リンデンさんが根負けして、ようやく受け取れたギルドカードを大切そうに胸にしまう。
その時だ。回想のボリュームを上げる。
リンデンさんが誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。
「……タクの事が心配だからじゃないっ」
いつも冷静沈着なリンデンさんが、その表情を崩して悔しそうにしている。
あんな顔をするリンデンさんを俺は今でも見たことがなかった。
いや、そもそも俺はリンデンさんと知り合いですらなかったはずだ。
『タッくん、なんなん!?リンデンさん、タクっていうたでっ! タクって何!いつのまにリンデンさん、くどいたんやっ! 浮気や!浮気やっ!もううち離婚するっ!』
カルナが錯乱しながら、叫んでいる。
うん、浮気でもないし、結婚もしていない。
「いや、知らないよっ! そもそも、この時のリンデンさん、魔王の影響を受けていないから顔も違うし、完全にこの時が初対面で…… あれ?」
じっ、とリンデンさんの顔を見る。
魔王の器になったものは、ヌルハチのように魔王本体に酷似していく。
だから、それ以前の、本当のリンデンさんの顔をじっくり見るのは、この過去回想が初めてだった。なのに……
「……俺、リンデンさんのこと知っている」
しかし、それがいつのことなのか、まるで思い出せない。
『タッくん?』
「もっと、昔だ。冒険者になるよりもずっと前、俺はリンに会っている」
その呼び名は自然と口から出てきた。
だが、それ以上のことは何もわからず、更なる過去回想にも入れない。
その記憶はまるで封印されているように、思い出すことが出来なかった。




