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五十三話 ギルド入門試験

 

 松明に明かりを灯して、薄暗いダンジョンを進んでいく。


「一階層はたぶんスライムくらいしか出ないけど気をつけたほうがいい。油断していると突然、足元から現れる」


 前回、最初の第一歩でスライムを踏んづけて、えらいことになった。


「あ、ありがとう、タクミ。き、気をつけるね」


 模擬ダンジョンに入ってからサシャの様子が少しおかしかった。

 あまり、目線を合わせなくなり、顔が少し赤らんでいる。


「あ、ああ、うん、が、頑張ろうな」


 俺もサシャを意識してしまい、目線をそらす。

 だが、気がつけばサシャは俺のほうをチラチラと見ながら、なにか言いたげにしている。


「あ、あの、サシャ」

「う、ううんっ! なんでもないのっ! なにもないよ、タクミっ!」


 しかし、話かけると逃げるように距離をとるサシャ。

 これはもしかして、生まれて初めてモテ期というやつがやってきたのかっ!?


『……タッくん』

「わ、わかってる、カルナ。何も言わないでくれ」


 過去の考えまでカルナに筒抜けで死にたくなる。

 サシャはチャック全開の俺に気がついて、そのことを告げようと頑張っているのに、俺はモテ期が来たと勘違いしているのだ。


「もう見てられない。あの恥ずかしい奴を切り刻んでくれ、カルナ」

『無理やわ、タッくん。過去は変えられへんねん。しっかりと受け止めてあげて』


 仕方なく、チャック全開馬鹿野郎を生暖かい目で見守っていく。


「模擬ダンジョンの壁は一ブロックが五メートルで区切られていて、マッピングが簡単に出来るようになっているんだ」

「へ、へえ。じゃあ前回試験を受けたタクミはちょっと有利だよね」

「それが自動生成ダンジョンで構造が変わってるから、そこまで有利でもないんだ。でも、パターンがあるから傾向と対策を練ることは出来るし、前よりも詳しくマッピングをしてみんなをサポートするよ」


 ああ、なんかチャック全開馬鹿野郎がえらそうなことを言っている。

 気づけよ、馬鹿。たまにサシャが下半身のほうを覗き見しているだろう。

 リックはこの時、俺のチャックに気が付いていたのだろうか。

 鎧で表情が見えない為、判断が難しい。

 もう一人の受験者、フードの人物と並んで俺とサシャの前を歩いている。


「リック、前方の壁が湿っている。スライムが出てくるかもしれない。気をつけて」

「……承知した」


 振り向かずにリックが答える。

 予想通りというべきか、湿った壁の隙間からスライムが湧き出てくる。


 スライムは粘液状の魔物で、有名なモンスターとして広く知られている。

 中には武器や防具を溶かしたり、合体して巨大になるレベルの高い奴もいるようだが、模擬ダンジョンに出てくるスライムはかなりレベルの低い超雑魚モンスターだ。

 それでも不意をつかれたら、前回の俺のようにえらいことになってしまう。


 だが、事前に出現場所がわかっていた為、跳ねるように襲いかかるスライムをリックが余裕を持って盾で払いのける。


「サシャっ、今だっ!」


 俺が叫ぶと同時に、地面に落ちたスライムにサシャが呪文を唱える。


聖火(セイントフレイム)っ」


 サシャの杖から放たれた炎がスライムを燃やし尽くす。


「やった、やったよ、タクミっ。初めて魔物を倒したよっ」

「ああ、やったなっ、サシャ!」


 二人してハイタッチした後、すぐにサシャが照れたように後ろを向く。

 手が触れ合ったことをサシャが照れたと勘違いして、同じように照れる俺。

 違う、違うぞ、過去の俺。

 サシャはチャック全開の股間を見てしまったから、後ろを向いたんだ。


『……タッくん』

「言わないでくれ、俺はもう死にたい」

『いや、ちゃうねん。前から思ってたけど、タッくんて観察眼鋭いなぁ。うちと一緒に来たモウがゴブリン王って見抜いたし、魔王の正体にも誰よりも早く気付いてたし、分析能力に優れてる思うねん。まあ、そのかわり力は最弱やねんけどな』


 そう、それは貧弱な力しかない俺が、それでも冒険者になろうと力を必要としない能力を必死に伸ばしてきた結果だった。


「……チャック全開には気がつかなかったけどな」

『それも仕方ないと思うねん。タッくん、自分のことより、仲間のこと気にしてるからなあ』


 そうなんだろうか。

 自分ではそんなつもりはなく、ただ気持ちのままに行動しているだけなんだが。



 スライムを撃退した後、俺達四人はそのまま順調にダンジョンを攻略し地下二階に降りる階段を発見する。

 失格した最初の試験ではそこまで辿り着くことは出来なかった。

 少しテンションが上がっていたのだろう。

 階段前に仕掛けてある簡単な罠を発見するのが遅れてしまう。


 カチリ、と音が鳴る。


 地面にある突起物を踏んだのは、先頭を歩いていたフードの人物だった。


「危ないっ!」


 叫ぶと同時に壁から弓矢が飛んでくる。

 弓の先はゴムで出来ているが、直撃すればそこで試験は終了してしまう。


「……っ」


 だが、フードの人物はその場で素早く宙返りして、華麗に弓矢を(かわ)す。


 最後までフードの中を見ることはなく、この人物が何者かはわからなかったが、明らかに只者でない雰囲気を醸し出していた。


『タッくんっ、巻き戻してっ!』

「へ?」

『今のシーン、もう一回っ!』


 まさかの回想巻き戻し要求に、戸惑いながらももう一度同じシーンを思い出す。

 再び、フードの人物が罠を踏んだ所まで巻き戻した。


『タッくん、ボリューム上げてっ!』


 ええっ? 過去回想のボリューム上げれるのっ!?

 無理だと思ったが、あっさりと音量が上がっていく。

 人間の脳は自分で覚えていない事もしっかりと記憶しているのだ。カルナの介入により、それを明確に理解する。


 さっきは聞こえなかった声。

 弓矢を躱す時に、フードの人物が発した小さな声を聞くことが出来た。


「ちっ」


 それは、よく聞いたことがある声だった。


「まさか……」


 知らなかった事実が次々と明らかになっていく。


「ヌルハチ?」


 二度目の試験を心配したヌルハチが入門試験に紛れ込んでいた。


『ほらな、タッくん』


 カルナが優しい声で話しかける。


『仲間を気にしてるから、仲間もちゃんとタッくんを気にしてるんやで』


 冒険者時代、ずっと鬼のようだったヌルハチは影で俺を支えてくれていた。

 黒幕の真相を探るつもりの過去回想から、思いがけず優しい真実が発見され、回想シーンが涙で滲んだ。

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