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閑話 ヨルとレイア

 

 獣化の儀で獣となる。

 気配を消しても、あの盗賊王には通用しない。

 衣服を脱ぎ捨て、つんいになり、山の自然と同化する。


 これで私を発見することができるのは、私と同じ修行をしたレイアだけだ。

 リックとの利害関係が一致したので引き受けたが、私にとっては任務よりもレイアとの因縁のほうが優先される。


「ヨル」


 幼い頃に、私を呼んだレイアの笑顔が不意に浮かぶ。

 必要のない感情を振り払うように獣の咆哮を上げ、私は完全に人間を捨て去った。



 神降ろしの一族。

 東方の隠し里でひっそりと暮らし、神降ろしの秘術を受け継いできた小さな一族だ。

 八百万(やおよろず)の神を祭り、一族の者は五歳になると初神ういしんの儀を行い、その身に神を降ろす。

 その神は生涯、自分の身を守り、共に歩む掛け替えのないものとなる。

 故に、我々一族は神が不快に思わぬよう、生まれた時からその身体を清め、一切のけがれがないように修行する。

 あらゆる苦痛に耐え、あらゆる感情を捨て、神のれ物となるべく、毎日毎日、地獄のような修行に耐え、ようやく神を降ろすことを許された。

 そうして得た神は、もはや自分の分身であり、一部となり、その者のすべてとなる。

 それが神降ろしの一族だった。

 その一族の中で私とレイアは、同じ日に生まれ、同じように修行し、同じ日に初めて神を降ろす。

 あらゆる感情を捨てた中で、唯一、レイアにだけには負けたくないという感情が心の隅にあった。



 五歳となり、レイアと共に初神(ういしん)の儀が行われる。


『千本阿修羅』


 私がその身に宿した神は、神の中でも飛び抜けて戦闘力の高い『阿修羅』と呼ばれる神だった。

 修行をしていたにも関わらず、有能な神を得たことで、私は高揚する感情を抑えることが難しかった。そして、逆にレイアは……


「なんだ、この神は? 聞いたこともない」


 一族の長が顔を歪める。


亜璃波刃(アリババ)


 それがレイアが降ろした神の名だった。


「身体能力の変化も、特殊能力の発動も感じられない」


 神降ろしをしても、強化されない。

 それは一族にとって死刑宣告をされたのと同じようなものだった。


「レイアはこれより戦士ではなく、ヨルの補助者、忌子いみごとして生きてゆくがよい」


 感情を抑える訓練をしていなければ、レイアはきっと泣き叫んでいただろう。

 幼い頃からの修行はすべて無駄となり、神を降ろしたにも関わらず、役立たずの忌子いみごと生きていくことになったのだ。


 神降しの里での補助者は、神の能力を受け止めるだけの、使い捨ての木偶(でく)人形と変わらない。


「惨めだな。生きている意味があるのか?」


 レイアは何も答えない。

 千本阿修羅に何度打ちのめされても、虚な瞳で立ち上がる。


「里から出たらどうだ? ここにはもうお前の居場所なんてないんだ」


 感情を殺したレイアには聞こえていないのか。

 何も答えず、何も言わず、レイアは忌子として、ただただ10年耐え続けた。



 変化が起こったのはそんな時だった。

 ある日突然、私は千本阿修羅を、神を降ろせなくなった。


「馬鹿なっ、何だこれはっ!? 阿修羅っ! どうしたっ!? 阿修羅っ!!」


 半狂乱になりながら神の名を叫ぶ。しかし、それが無駄だということを知っていた。

 あまりにも大きな喪失感。

 私の中から千本阿修羅が消えていることをはっきりと実感していた。


「どうしたの? ヨル」


 いつものように修行のために、レイアが私を迎えに来る。

 ただ神に殴られるためだけの修行。それでもレイアは一日たりとも休んだことはない。


「神がいないんだっ! 私の阿修羅がいなくなってしまったっ!!」


 感情を消す修行など、まるで意味をなさず、レイアの肩を掴み揺さぶり動揺していた。


「レイアっ! 何が起こったのだっ? どうしたらいいんだっ!? 私の神はっ! 私は、これからっ……」


 はっ、とレイアの肩から手を離す。


「っ!? どうして私の神がっ! 阿修羅がレイアの中に感じられるっ!?」


 ボロボロの忌子が、使い捨ての木偶人形が、笑みを浮かべる。

 それは幼い頃に見た笑顔とはかけ離れた狂気を含んだ笑みだった。


「奪ったのよ、ヨル。私が降ろした神、亜璃波刃アリババが、あなたの千本阿修羅を」


 ありえない。

 一族の長い歴史の中でも、神降ろしは一人につき一体だけだった。

 亜璃波刃アリババという神が、他者の神を奪う能力を持っていたとしても、二体以上の神をその身に宿すことなど、できないはずだ。


「な、なんで? どうしてそんな……」

「肉体の限界を超えるため、木偶人形になり神々の攻撃を受け続けた。ヨルの阿修羅だけじゃない。神降しの一族、48神、その全てを奪うために」


 ぞわっ、と背筋が怖気立つ。

 どうして今まで気がつかなかった?

 阿修羅だけじゃない。レイアの中で、神の集合体が、所狭しと渦巻いていた。


 里の中で、私と同じように神を奪われた者たちの悲鳴や怒号が聞こえてくる。

 私は立ち尽くし、同じ日に同じ腹から生まれた怪物を、呆然と眺めることしかできなかった。



「忌子がっ!」


 一族の(おさ)がレイアを(のの)った。


「全ての神を奪い、お前は何をしようというのだっ!?」


 最強の神を宿していた長も、神がなければ、もはやただの年老いたじいさんだ。

 すでにそこには風格も威厳もなく、レイアの気分次第で、その首が飛ぶこともわかっていない。


「別に何もしない。これまで通り神降ろしの一族として、責務を全うするまでだ」

「ふざけるなっ! 忌子っ! お前は呪われておるっ! いますぐ、この里から出て行けっ!」

「もう、私にしか神はいない。お前達に何ができる?」


 長は憎しみのこもった目でレイアを睨むことしかできない。

 感情などまったく制御出来ていなかった。


「……できるさ。今まで通りにやってみせる」


 誰もが押し黙る中、私だけがそう言った。

 そんなことができるはずがない。

 妹のアサやヒルもそう思っているだろう。

 だけども私は、神降ろしの一族は、ここで諦めるわけにはいかない。


「里には神降ろしだけではない。隠密として、世界では失われた忍術の技も伝わっている」

「惨めだな。生きている意味があるのか?」

「貴様っ!」


 10年前にレイアに放った言葉がそのまま帰ってくる。

 あの時、私は、共に並び修行できなくなったレイアに苛立っていたんだ。


「……出て行け、忌子。我々は神を捨てる。だが、いつか必ずお前を超えてみせる」


 負け惜しみにしか聞こえない。

 レイアはそのまま背を向けて、一度も振り返らず立ち去って行った。

 地面を這う蟻を、わざわざ踏み歩きはしないように。



 あれから1年。

 獣化の儀で獣になったまま、ずっとレイアを待ち続ける。

 神降しの修行が生温いと思えるほどの忍術修行を終えて、私はレイアの元へやってきた。

 全ての神を奪ったレイアは、宇宙最強タクミの弟子となり、更なる狂気を持った殺戮マシーンと化している。

 そんな覚悟を持って現れたのだが……


「見つけたっ、見つけましたよっ、ヨルっ! これでタクミさんに褒められますっ! 今度こそカットなしでっ、私の活躍を褒め称えてほしいですっ!!」

「ぜんぜん別人じゃないかっ、もうっ! なんなんだっ、その感情だだ漏れ状態はっ!?」


 そう言いながらも、私の感情も昂っている。

 やっぱり私たちは違うようで、どこかで繋がって生きているんだ。


「参る」


 レイアが神を降ろさず向かってくる。

 色ボケで忘れているのか。

 身体の底から熱い感情が流れてくる。


「レイアァアアアアァッ!」


 私も感情を隠さない。

 お互いに神のない身体で戦う今、そんなものは無駄なことだとようやくわかった。


 

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