五十話 遅れてきた大賢者と黒幕の正体
「まさか、本当に黒幕がここに?」
サシャが驚くのも無理はない。
デウス博士達には、その正体を明かさなかった黒幕。
ヨル達隠密と行動を共にするとは思えなかったからだ。
「気配を消すなんてレベルじゃない。存在そのものを消しているんだ」
「そんなことができるのか。しかも、どうやってアサとヒルまで?」
「伝説級の魔装備【ハデスの兜】。装備した本人だけじゃなく触れたものまで消すことが出来る。オイラの知る限り、それを持っているのはアイツしかいない」
「それが黒幕だと?」
「ああ、間違いねぇ」
カルナの【魔剣ソウルイーター】やザッハの【魔盾キングボム】と同じ魔装備だが、【ハデスの兜】は神話とかでしか聞いたことない超レア魔装備だ。
本当に存在していたことすら、信じられないレベルの魔装備を黒幕は持っているというのか。
「ん? ちょっと待てよ。これで向こうが四人になったから、俺もドロケイに参加できるんじゃないか?」
「いや、それどころじゃねえよっ! このままじゃ圧倒的に不利なんだよっ!」
どうやらあくまで俺の参加はないようだ。
ちょっとへこむ。
「でもどうするの? 完全に消えてしまった者をどうやって見つけるの?」
「オイラ達じゃ無理だ。だが一つだけ手は残っている」
そう言ってバッツは俺のほうをじっ、と見つめる。
「なんだ? やっぱり俺が必要なのか?」
ちょっと期待して尋ねたが、バッツは食い気味に首を横に振った。
「ちがう。その鈴だ。あまり、会いたくねえが仕方ない。アレを呼ぶしかない」
バッツが見ていたのは、腰に下げていた転移の鈴だ。
ヌルハチをここに呼ぶつもりなのか。
「残念だがバッツ。デウス博士が転移を防ぐ結界を張っている。自然に解けるらしいが、あと二、三日は転移の鈴は使えない」
「そうね。しかも、ヌルハチには今、ルシア王国を任しているわ。彼女がいなくなれば、王国は黒幕に乗っ取られてしまうかもしれない」
王国内部にいるスパイをヌルハチは探っているのか。
ますますヌルハチをここに呼ぶわけにはいかない。
……筈だったが。
「どうやら、鈴を使う必要はなかったようだ」
バッツが洞窟の入り口を指差した。
転移の鈴は発動していない。
それでも、彼女は、ヌルハチは……
「大丈夫か? タクミ」
凛とした表情で洞窟の入り口にやってくる。
ヌルハチが徒歩でやって来た。
「ぬ、ヌルハチ。王国はルシア王国はどうしたの?」
「ナナシンに全部任せてきた。ちょっと半泣きだった」
ナナシンさん、ご苦労様です。
「どうするのよっ! 黒幕勢力が特定されてないのにっ! 乗っ取られるわよ、王国っ!」
「しらんっ! タクミに呼ばれたのに行けなかったっ! そっちのほうが心配に決まっておるっ!」
サシャとヌルハチが揉めている。
なんだか冒険者時代を思い出して、こんな時なのにほっこりしてしまう。
「これでリックとアリスが揃えば全員集合なんだけどな」
そう言った俺のほうをバッツは、まじまじと見つめている。
「ん? どうした? バッツ?」
「いや、本当に気づいてないのか? いや、無意識のうちに気づかないフリをしているのか? タクミならすぐに結論に辿りつくはずなのにな」
「??? 何がだ? 全くわからないんだが」
「やはり、そうか。サシャもタクミも、その考え自体を頭から消去しているんだな。まあ、そこがいいところなんだけどな」
バッツが何を言っているか、俺にはさっぱりわからない。
ヨルと賭けをしなければ、すぐに解決するはずだった。
「さてと、ヌルハチ、久しぶりだな」
「バッツか。相変わらず悪人ヅラだな。少しはタクミの愛らしさを見習うがいい」
「はっ、大武会で告白したらしいな。で、どうだ? タクミとはやったのか?」
「やっとらんわっ!」
「やってないよっ!」
「やってないわよっ!」
やはり、これ毎回聞くのがお約束みたいだ。
三人の声がハモってバッツが大笑いする。
「しかし、みんな揃ってヘタレだな。まあタクミが一番ヘタレだから仕方ないのか。オイラだったら全員……」
「バッツ、久しぶりだが、お別れが近いみたいだな」
「すいませんでした。調子に乗りました。許してください」
危険察知が発動したのだろう。
ヌルハチの殺気に平謝りするバッツ。
「で、今の状況は? 敵に襲われているのではなさそうだが」
「逆だ。捕らえていた敵に逃げられたところだ。相手は魔装備【ハデスの兜】を使っている」
「なんだと? 【ハデスの兜】はアイツしか使えないはずでは?」
「ああ、つまり、そういうことだ」
ヌルハチも【ハデスの兜】の持ち主を知っているのか。
なんだろう。
頭の中に靄がかかったようなこの感覚は。
俺もその人物を知っているような気がしてくる。
だが、それが誰なのか、深い霧の中、一瞬シルエットが浮かんで、すぐに消えた。
「全方位探知魔法を発動させる。効果は五分程しか持たんぞ」
「充分だ。やってくれ」
ヌルハチが力を込め、魔力を解放させる。
大きな光の玉が頭上に浮かび、洞窟を明るく照らす。
「波動球・探」
その光の玉が一気に膨れ上がったと同時に光が爆発する。
眩い光に目がくらみ、顔を背ける。
「はっ」
何も見えない真っ白な世界でバッツが笑った声だけが聞こえた。
「なるほど、ずっとここにいたのか」
ヌルハチが放った光の中、アサとヒルらしきシルエットが見える。
そして、その中央に彼は立っていた。
「まさか」
ようやく目が慣れてきて、その人物を確認する。
わからないはずだ。
俺は最初から彼を黒幕候補から外していた。
サシャも同じだろう。
俺と一緒に驚いた顔で彼を見ている。
「リックっ……」
ついに黒幕が、リックが俺たちの前に現れた。