四十八話 守られる約束
「信じられん。ただの人間がよく我ら隠密の動きを捉えたな」
「いや全然見えなかったさ。気配もさっぱり読めん。ただ、見てるんじゃなくて、観ているんだ。聞いてるんじゃなくて聴いている。捉え方の違いだ」
拘束されたヨルに、まるで友達のように話しかけるバッツ。
「臨機応変てやつさ。見方を変えることによって見えないものも見えてくる」
「なるほど、それであの人の正体に気づいたというわけか」
あの人。
それは間違いなく黒幕のことだろう。
デウス博士と違い、ヨル達は黒幕の正体を知っているようだ。
「ああ、お前たちを捕まえたらタクミ達に言う予定だった。これから重大発表だ」
「それは困るな。出来れば内緒にしてほしい」
「悪いが無理だな。約束しちまったからな」
そうバッツが言った瞬間だった。
しゅぽん、と縄で拘束されていたヨルが服だけ残して脱出したのだ。
顔を覆うマスク以外は黒い下着姿になり、思わず目を背けてしまう。
「ヨル姉ちゃんっ、はしたないっ」
「黙れ、アサ。気にしていられない」
いや、こちらが気にするよっ。
目のやり場に困っていたら、いきなり視界が真っ暗になる。
「タクミは見てはダメです」
どうやら後ろからサシャに目隠しされたようだ。
「これで私達を捕らえたらというのは、なしになりましたね。発表を待っていただけると有難い」
「セクシーな姿を見せてくれて悪いが、すぐにまた捕まると思うぜ」
「なら、捕まえるまで話さないと約束してもらえるか?」
まずい、と思った。
普通ならそんな話は聞かないで無視すればいいだけだ。
だが、バッツは……
「おもしれえ。いいぜ、あんたを捕まえるまで話さないでいてやるよ」
こういう賭けみたいなことが大好きなのだ。
「感謝する」
そうヨルが言ったと同時に再び視界が戻ってくる。
「バッツは?」
「隠密を追いかけて行ったわ。相変わらずね、バッツ」
「油断しすぎだ。あれでもヨルはギルドランキング七位だ。警戒されたらそう簡単には捕まらない」
「バッツは罪人だから、ギルドに入れないけど、かなり上位に入るだけの実力はあるわ」
確かにそうだろう。しかし、レイアと同じ一族のヨルは、まだその実力を隠しているようにも思える。
「で、帰ってくるまでこの子達、どうするの?」
そう言われて、拘束された二人の隠密、ヒルとアサを見る。
どうやらヨルと違って、縄抜けはできないようで、大人しく、じっ、としている。
「とりあえず、みんなでご飯でも食べようか?」
その言葉に二人の隠密の腹がぐぅ、と鳴ったのを俺は聞き逃さなかった。
「どうしてここに、ヒルとアサがっ。それに何故、平然とタクミさんのご飯を食べているのですっ」
畑から帰ってきたレイアが困惑している。
「あ、裏切り者だ。ヒル姉ちゃん、やっつけなくていいの?」
「……暴れない、逃げない、騒がない、の条件で拘束を解いてもらった。今は黙ってメシを食え、アサ」
「わかった。今日の所は見逃してやろう。もぐもぐ」
レイアを一瞥もせず、ご飯から目を離さないヒルとアサは、もとから争う気などないように思える。
拘束したまま食事をさせようとも考えたが、そんなことをしたらどんなに美味しいものを食べても台無しだ。
せっかくうまくできた鶏肉と山菜炊き込みごはんを、できれば最高の状態で食べて欲しい。
「漬物と出汁巻き玉子もある。ご飯によくあうぞ」
ふわぁ、とアサから感嘆の声があがる。
「出汁巻き玉子の中にシソの葉が入ってるじゃないかっ。ヒル姉ちゃん。私も一族を抜けて、ここの子になりたい」
「……難しそうだな。嫁も愛人もいるみたいだから、席は残り少ないぞ」
「愛人てなんだ? ヒル姉ちゃん」
「第二の嫁みたいなもんだな。ちょうどレイアがそのポジションにいる」
レイアの目が座り、腰の剣に手をかけている。
「さすがタクミさんです。油断させておいて二人まとめて斬り捨てる作戦ですね」
「よくわかっ…… い、いやっ、ちがうよっ! 普通にご飯食べて待ってるだけだよっ。落ち着け、レイア」
レイアにもご飯を持っていってなんとか落ち着かせる。
「タクミさん、この二人、どうするつもりなのですか?」
「あと一人をバッツが捕まえてきたら、みんなまとめて帰ってもらうよ」
「何もせずに、ですか? 甘過ぎます。せめて二度と歯向かわないよう、お仕置きしてから帰しましょう」
う、うん、どんなお仕置き? 怖いからやめようね。
「それにヨルが捕まれば、もう偵察はしないと約束してくれた。大丈夫だ」
「……ヨルも来ていたのですか」
レイアの表情が少し険しくなる。
「タクミさんの昔の仲間を疑うわけではありませんが、ヨルは大武会での戦いですら、本当の力を隠していたように思えます。簡単には、捕まえられないかもしれません」
やはり、ヨルはまだ未知なる力を持っているのか。
「だ、大丈夫だと思うよ。バッツを信じて待っていよう」
と、言いながらも少し不安になる。
すぐに調子に乗って油断する所がバッツの唯一の欠点だ。
ようやく落ち着いてきたレイアと皆で食事をしてバッツを待っていると、ヒルとアサがコソコソと何かを話している。
「ヒル姉ちゃん、あそこにゴブリン王の抜け殻あるよ。あれ、貰っていいか聞いていい?」
「……ダメだ。気持ち悪い。そんなもの貰おうとするな」
そういえばゴブリン王襲来の一件でクロエが持って帰ってきたゴブリン王の抜け殻がなんとなく捨てられず洞窟の隅に置きっ放しになっていた。
いらないから、欲しかったらあげるんだけどな。
しかし、完全にくつろぐヒルとアサを見て少しだけ不安になる。
まるで、二人とも絶対にヨルが捕まらないと確信しているみたいだった。
そして、その不安は見事に的中することになる。
「よっ、帰ってきたぜ」
陽気に帰ってきたバッツを見て、きっとヨルを捕まえのだろうと一瞬、安堵するが……
「すまん。逃げられちまった」
てへっ、と照れ笑いを浮かべながら舌を出すバッツ。
「まああれだ。そのうち二人を助けにくるだろうし、その時に捕まえよう。お、久しぶりのタク飯じゃないか。いただきますっ」
もうヨルのことなど、すっかり忘れたようにご飯を食べる。
「えっと、バッツ。黒幕は……」
「おおっ、出汁巻きにシソの葉がっ。さすが、タク飯、細かい工夫が憎いねぇ」
律儀にヨルとの約束を守るバッツは、黒幕の正体を話さない。
大きく動き出したかに見えた事件の真相は、いきなり急停止するのであった。




