四十七話 大盗賊バッツ
最初、バッツに会った時の印象は最悪だった。
「なんだ、オイラの役目は子守なのかい」
大盗賊というから口が悪いのは仕方ない。
しかし、バッツは性格もねじ曲がっていた。
「まあ、何年か冒険者をやるだけで無罪放免になるからやるけどよ。いざとなったら見捨てるからな。貧弱な坊ちゃんよ」
悪態をつくバッツの本心に気がつくのは、そのいざという時だった。
ヌルハチ達とはぐれて、バッツと二人きりになった時に、岩山でホワイトファングの群れに囲まれた。
二メートル近くある巨大な狼は、一匹でも勝ち目がないほどの魔物だというのに、数十匹が俺たち二人を囲んでいる。
「気配は分かっていたが逃げきれなかったか、こいつら匂いで追ってきやがる」
「バッツ、一人だけならすぐに逃げられるだろ。ヌルハチ達を呼んできてくれ。俺はここで……」
全部言い終わる前に頭をぽかん、と叩かれた。
「ばっかじゃねえか。やめろ、その自分を囮にするみたいな発想を。いいか、そうやってオイラが生き残っても、かっこ悪くて生きていけないだろうが」
「いや、最初、いざとなったら見捨てる、と言ってたぞ」
「こんなもん、全然いざじゃねえよ」
断言しておこう。
これ以上のいざは、滅多にお目にかかれない。
「まあ、のんびり構えてくつろいでな」
バッツは瀕死の重傷を負いながらも、ホワイトファングの群れを撃退した。
俺は傷一つなかった。
激闘の最中でも、バッツは常に俺のことを気にかけてくれていた。
サシャに治療を受けているバッツを心配して見ていると、舌打ちされた。
「なんだよ、二人きりにさせろよ。スケベなことが出来ないだろ、いてっ、叩くなよ、サシャ。オイラ怪我してるんだぜ」
「はいはい、じゃあ大人しく黙ってなさい」
悪態をつきながら、仲間のことなど気にしないふりをしている。
でも、一番仲間のことを気にかけているのは、いつもバッツだった。
「助けてくれてありがとう、バッツ」
「別に助けてねえよ。ちょうど新しい技を確かめたかったんだよ。あ、こら、やめろよ、その空気、オイラをいい人みたいな目で見るんじゃねえ。泣く子も黙る大盗賊バッツ様だぞ」
確かにバッツは泣いてる子供がいたら、悪態をつきながら、面倒を見るだろう。
バッツがなぜルシア王国に捕まっていたのか。
その真相は最後までわからなかった。
バッツは本当の事を話したりはしない。
「国の財宝を盗みまくって豪遊してたんだよ」
それが嘘なのはわかっていたが、仲間達は信じたふりをしていた。
バッツはいい奴なのに、それを言われるのが嫌で悪ぶってる、そして、どんなに困難な状況も覆す力を持つ、そんな頼れる男だった。
「よっ、久しぶりだな。二人とも」
普通に毎日来ているようなそぶりでバッツが洞窟に入ってきた。バッツが来るという事で、レイアとクロエには、畑のほうに行ってもらっていた。
久しぶりに最初は元パーティーメンバーだけで話したかったのだ。
久しぶりに見るバッツは少し老けていたが、その身体は溢れるような活気に満ちていた。
バンダナに無精髭を生やすスタイルは冒険者時代と変わっていない。
俺よりも十歳くらい年上の筈だからもう四十近くになる筈だが、エネルギーに溢れ若々しく感じる。
鍛え上げられた筋肉は、まったく衰えてはいないようだ。
「よくきてくれたわね、バッツ」
「なんだ、サシャ、かしこまって、らしくねえ。ちょっとは色っぽくなったじゃねえか。どうだ? もうタクミとやっちまったのか?」
「やってないわよっ!」
「やってないよっ!」
ゲラゲラと大笑いするバッツに、昔を思い出す。
そういえば、冒険者時代はいつもこんな感じだった。
「で、タクミ、なんか色々大変なことになってるな」
「ああ、なんでこうなったか、よくわからないけど、とにかく、大変だ」
「相変わらずだな。まあ、仕方ねぇからオイラがなんとかしてやるよ」
本当になんとかしてくれそうなバッツに、昔に戻ったようで気持ちが落ち着いていく。
「あ、そういやタクミ、その剣」
「ん? カルナがどうかしたか?」
「あ、いや。それは今回関係ない。落ち着いたらまた話そう」
なんだろうか。バッツはカルナを知っているのか?
その時、寝ているはずのカルナがぴくり、と僅かに動く。
だが、話しかけてこないし、反応はそれ以上ない。
もしかして、寝たふりをしているのか?
後でカルナ本人か、バッツに聞いてみるか。
「さて、情報はある程度ナナシンさんから聞いてきたが、まずはどこから片付ける?」
どんな事件もバッツは自信満々で解決しようとする。
どこからその自信がやって来るのか分からないが、やっぱり頼もしい。
「黒幕の正体を知りたいところだけど、まずは、ここを見張っている者を見つけなければ話にならないわ」
「ああ、そこからか。来る途中でおおよその位置はわかった。全部で三人だ。そのうちの一人はすでに捕獲している」
「「ええっ!?」」
サシャとハモって驚く。
「恐ろしいほどに気配を絶っていたがオイラには通じない。ほら、こっちに来い」
手に持っていたロープを引っ張ると、黒装束に身を包んだ者が洞窟に入ってくる。
「やはり、隠密のようね」
サシャの言う通り、ヨルに似た隠密が姿を現わす。
同じ隠密のようだが、ヨルより少し身体が小さい。
「くっ、なんという辱めを。隠密の恥だ。いっそ殺してくれっ!」
「いや、殺さねえよ。オイラに見つかるのは恥でもなんでもない。あんたの気配は完全にわからなかった。だが、あんたの周りだけ、不自然に虫の気配がなかったんだ。次からはそこも気をつけることだな」
さすが、バッツは只者でない。
捕まった隠密が信じられないというような目でバッツを睨んでいる。
「で、どうするつもりだ。雇い主を聞くつもりなら、無駄だ。私は死んでも話さない」
「そんなのはどうでもいい。黒幕の正体などわかっている」
「「「えええっ!?」」」
今度は隠密も含めて、三人がハモって驚く。
「ほ、本当なのか、バッツ。一体、誰が黒幕なんだ?」
「ん? こいつら全部捕まえてからにするんだろ? まあ、慌てるな。すぐに捕まえる。残りの二人は、向こうから来てくれたみたいだしな」
そう言ったバッツが洞窟の入り口を見てニヤリと笑う。
まったく気配に気づかなかったが、そこに二人の隠密が立っていた。
ほとんど、同じ姿の黒装束だが一人は見覚えがあった。
「ヨル姉ちゃんっ、ヒル姉ちゃんっ!」
捕まっている隠密が叫ぶと同時に、二人の隠密がバッツに向かって走り出す。
あまりの速さにその姿を見失う。
だが、バッツには見えないことなどさして問題にはならなかった。
目を閉じて二人の気配のみを探り、無造作に動かした両手はヨルとヒル、二人の隠密の腕を掴んでいた。
「なっ!」
「馬鹿なっ!?」
「瞬間捕縛操術」
さらにバッツの腕の裾から飛び出すようにロープが出てきて、二人をぐるぐる巻きに拘束する。
「ほら」
一瞬で捕まった二人は何が起こったかわからないような、そんな感じで呆然と顔を見合わせた。
「すぐだっただろ?」
頼もしい仲間、バッツの登場により、事件は真相に向け、大きく動き出した。




