閑話 カルナとクロエ
「ほう、これはこれは、確かに魔剣ソウルイーターに間違いないですね、さすが大盗賊バッツ様」
武器屋の一室で商人らしき男がうちを手に取り、眺めている。
気持ち悪い。
ベタベタと触られ、鳥肌が立つ。……ような気分になる。
剣に姿を変えられて数年が経つが、まだドラゴン一族だった時の感覚は残っとった。
人間ごときに気安く触られるのは我慢ならへん。
「怒りを感じますね。私が触っているのが気に入らないようです」
そう言って男はうちを机の上にそっ、と置く。
チョビ髭のどこにでもいるただの武器屋の親父かと思っていたが、どうやら違うようや。
集中して観察すると、うまく隠しているが人間ではないことがわかる。
「私はきっと主にはなれないでしょう。いずれ、彼女に相応しい持ち主が現れるまでお預かりしておきましょうか」
「そうか、それならいくらでもいい、言い値で売ってやるよ、ソネリオン。そのほうがこいつも喜ぶだろう」
うちの主になれるもの?
そんなん、この世にいるわけあらへん。
うちを鞘から抜いた人間は、1人残らず力を吸い尽くされとった。
うちはきっと、この武器屋の片隅で誰にも触れられず、やがて誰からも忘れ去られていくんやろな。
『……くーちゃん』
誰にも聞こえへん声で、妹の名前をつぶやく。
魔剣になった時、まだ幼かった妹はどうしているやろか。
それだけが唯一の心残りやった。
魔剣に封じ込められて、もう何年経ったか覚えてへん。
自業自得やったと思ってる。
うちはあまりにも暴れすぎた。
黒龍の一族の中でも、うちの力は誰も寄せ付けないほどに強かった。
力に溺れ、出会うものすべてを力でねじ伏せ叩きのめす。
いつしか、うちは邪龍と呼ばれるようになり、本当の名前を剥奪され、一族を追放されてしまった。
「絶対後悔させたるわっ!」
それでもうちは止まらんかった。
逆恨みして、ドラゴン一族に喧嘩を売る。
一族最強の古代龍のじいちゃんですら、うちを止めることはできへん。
うちは暴れに暴れまくった。
「カル姉、カル姉」
「なんや、クーちゃん、ついて来たらあかんで。今、うち、みんなと喧嘩してるんやから」
黒龍の里で暴れた後、いつもクーちゃんは、うちの後をついてくる。
「なんでカル姉はみんなと喧嘩するの? 仲良くして一緒にいたほうが楽しいよ?」
「そんなん楽しないわっ、みんなドラゴンのプライドなくしとんねんっ、普段ドラゴ弁もつかわへんしっ、なんでうちらの方が強いのに人間たちに気を使って隠れて過ごさなあかんねんっ」
黒龍の王は、世界を支配して当然なんや。
それを忘れた一族の腑抜けどもを、うちがしばいて鍛えたってるねん。
「我とも一緒にいたくない?」
「い、いや、クーちゃんはちがうで。他の奴と違っていい根性してるからな。大きなったら、クーちゃんは黒龍の王になるんやで」
「王様?」
「そうや、王様や。そうなったらうちも帰ってくるわ。一緒に人間どもをやっつけたろ」
よくわかってへんみたいやのに、クーちゃんはうちの言うことにコクコクと頷いてくれる。
「お約束?」
「そうや、お約束や」
「ずっと一緒にいる? どこにもいかない?」
「当たり前や。うちはクーちゃんのお姉ちゃんやからな」
クーちゃんに手を伸ばして、よしよしと頭を撫でる。
その約束を守ることはできへんかった。
「なんやそいつら、助っ人かいな」
いつもと同じようにドラゴンの里で暴れていると、黒い装束服に身を包んだ集団が現れた。
その中に古代龍のじいちゃんが人間形態で混ざっている。
「よろしいのですか? 封印すれば二度と戻れぬかもしれませんぞ」
「よい、アレはもう一族のものでない。ただの侵略者だ」
有り余る力を持て余し、いつもイラついていた。
名前を呼ばれなくなり、さらに怒りは蓄積された。
望んでいたものはなんだったのか。
幼い頃、じいちゃんに頭を撫でられた日のことを思い出す。
『カルナ、お前は強くなるぞ。いつか最強のドラゴンになって一族を導いておくれ』
そう言って嬉しそうに笑うじいちゃんの顔をまた見たい。
その想いで強くなったはずだった。
それがどうしてこんなことになってしまったのか。
「うちを封印するやて? できるもんなら……」
想いは怒りに塗り潰される。
「やってみいやっ!!」
黒装束の集団が呪咀を唱え出す。
あたりを暗闇が包み込んで、それがうちの身体にまとわりついてきた。
「こんなもんでっ、うちが止めれるとおもてんのかっ!」
黒装束どもを薙ぎ倒そうとした時やった。
目の前でじいちゃんがドラゴン形態に変化する。
すでにうちのほうが強くなっている、ずっとそう思っとった。
暴れるうちを止めへんのは、うちに負けるんが怖いからとずっと勘違いしとった。
一撃やった。
その迫力にうちは一歩も動けへんかった。
かつて頭を撫でられた腕で、身体ごと押さえつけられる。
本気になったじいちゃんは、うちが手を出せるような相手やなかった。
うちを傷つけたくなかったから、これまで暴れるのを止めず静観してたんかっ。
うちは。そんなことにも気づけへんかったんかっ。
自分の愚かさに泣きたくなる。
闇がうちの身体を侵食していた。
自分が何か違うものに変えられていくような不快さに身悶える。
何もかもなくすかもしれない。
それなら最後に聞きたかった。
もう一度だけ名前を呼んで頭を撫でてほしかった。
「……じ、じいちゃんっ!」
薄れゆく意識の中で叫ぶ。
「……カルナっ」
最後にじいちゃんがうちの名を呼んだ。
それだけで怒りが消えて満たされていく。
すべてが闇に包まれる中、うちは静かに目を閉じた。
「じいちゃん、じいちゃん、カル姉は? 最近、ぜんぜんやってこないよ」
「そのような名前のものは一族におらん。お前には姉など最初からいなかったのじゃよ」
魔剣になったうちを、じいちゃんはしばらく持ち歩いとった。
里の者への見せしめなのか、それとも最後に残った情だったのか。どちらにせよ、うちにはもう関係あらへん。
「そうなの? でも近くにいるような気がするよ。我が黒龍の王になったらきっと戻ってきてくれるよ、お約束だから」
「……そうか、お約束か」
かつて、うちがそうしたように。
かつて、うちがそうされたように。
「いつか、そんな日が来ればよいな」
じいちゃんが優しくクーちゃんの頭をなでなでした。




