四十四話 最強の戦い 最弱の戦い
それははじめて感じたものだった。
強者は強者を知る、そういう話を聞いた時、俺には関係ない話だと思っていた。
だが違った。
弱者は弱者を知る。
俺は目の前のデウス博士に最弱の空気を感じていた。
「二人きりのこの状況は想定外だろう、デウス博士。知っていることをすべて話してもらうぞ」
「ぐ、宇宙最強がぼくに力を使うというのか。や、やめておいたほうがいいぞ。ちょっと叩いただけでぼくにはそれが致命傷となるっ!」
堂々と惜しげも無く、自らの最弱ぶりをアピールするデウス博士。
やはり、彼は俺と同種の人間だ。
「大丈夫だ。そんなことにはならないだろう」
なぜなら俺の全力パンチは小動物さえ倒せない。
「いくぞ、デウス博士っ」
「ひぃっ」
子供のように腕をグルグル回してデウス博士に向かっていく。
必死に大きな頭を両手で守るデウス博士に、ポカポカとグルグルパンチが炸裂する。
「ひぃ、いた、いたた、た? あれ? そんなに痛くない」
俺の必殺パンチを耐えるとはっ。やるじゃないか、デウス博士っ。
「タクミ行動メモ、その35。弱者との戦闘時は、相手に極度のダメージを与えないために、身体能力を低下させているものと思われる。手加減ができないと書いたその32のメモを訂正する必要がある」
パンチを受けながらメモを取るデウス博士。
あれ? かなり余裕じゃないか?
もしかして俺より強い?
「そういうことなら、ぼくも全力を尽くして戦おう、タクミ君」
そう言ってデウス博士も俺に攻撃を仕掛けてくる。
両手がブンブン回っていた。
同じだ、俺と全く同じ攻撃だ。
ポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカ。
二人でグルグルパンチの応酬を繰り広げる。
痛くない。痛くないぞっ。
子供の喧嘩以下の決定打のない不毛な攻防が続く。
しかし、初めて人と互角に渡り合うことに俺は少し、嬉しくなっていた。
「やるな、デウス博士っ。だが、負けないぞっ」
「タクミ君もやるではないかっ。ぼくも負けるもんかっ」
デウス博士も同じ気持ちなのか、いつしか二人とも笑顔で戦っていた。
そして、一方、後方では、カルナとマキナの凄まじい戦いが繰り広げられていた。
「邪龍暗黒大火焔っ!!」
『全方向殺戮砲ッ!!』
とんでもない爆発音と破壊音。
音だけで高次元の戦いだということがわかってしまう。
こちらの気の抜けたようなポカポカ音がちょっぴり恥ずかしい。
「やるやんかっ! でも残念やな、もうそろそろガス欠ちゃうか?」
『ヴルヴルヴルヴルヴルヴルヴィッ!』
マキナの限界が近いのか、後方の戦いはクライマックスを迎えている。一方こちらも。
「はぁはぁ、いい戦いだね、タクミ君っ。でも残念だ、もうそろそろ疲れてきたよね?」
「うん、めっちゃしんどい」
腕が重くてもう回せない。
二人ともヘロヘロパンチに変わっていた。
「はんっ、まだまだやれるってか。ええわ、力尽きる前に決着つけたるわっ、いくでっ!」
『ヴルヴヴィヴルヴヴィヴルヴヴッ!!』
後ろで二人の力が爆発的に膨れ上がる。
そんな中。
「ちょっと、はぁはぁ、もうダメだ。一旦休憩にしよう。決着は後でジャンケンとかにしないかね、タクミ君」
「はぁはぁ、ナイスアイデアじゃないか、デウス博士、それ頂きだ」
まったく緊張感のないこちらの戦いも終焉を迎える。
「あんたら、なにしとんねんっ!」
カルナがツッコミながら、マキナに向かって突進する。
同じく、マキナも足の裏から炎が吹き出し、ジェット噴射のように爆発し、カルナに向かって突っ込んで行く。
「うおりゃああああっ」
『ヴィアアアアアアッ』
力と力が全力でぶつかり合い激突する。
弾け飛んだのはマキナのほうだった。
煙をあげながら、きりもみ状態で地面に突き刺さる。
「最初はグー、じゃんけん、ぽん」
「ぽん」
そして、俺とデウス博士の戦いにも決着がついた。
「おい、マキナ。こっちに来い。戦いは終わった。ぼくたちの負けだ」
俺とデウス博士、カルナとマキナ。
それぞれの戦いが終わった後、マキナは正気に戻っていた。
「大丈夫だ。タクミ君とは和解した。これから彼の洞窟に向かう。え? 近づきたくない? 『よくわかったな、その通りだ』が聞こえてくる? 何を言ってるかよくわからんぞっ」
デウス博士によると、マキナには感情をコントロールする装置が取り付けられていたが、カルナの最後の一撃でそれがぶっ壊れてしまったらしい。
「大武会で、君の戦闘データを調べさせてから、ずっとこんな調子なんだ。まったく、恐ろしい男だよ」
うん、全く身に覚えがない。
何故、そんなことになってしまったのか。
「まあ、マキナが落ち着くまで、ここで話をしてもらう。勝負は俺の勝ちだった」
「ふっ、生まれてはじめてジャンケンに負けたよ。君の思考はまるで読めない。計算は狂ってばかりだな」
勝手に深読みして自爆するデウス博士。
何も考えずにチョキを出した俺の勝利だった。
「まずは、誰の依頼で俺のことを調べているか、だ。お前の雇い主は一体誰なんだ?」
「ふむ、隠すつもりはないのだが、本当の雇い主はわからんのだよ。頼んで来たのは、南方サウスシティの権力者だが、その者も依頼を受けたに過ぎない」
「そんな権力者に依頼できるのは、かなり限られているな」
「そうだね。ここからはぼくの推測だが、黒幕は恐らく、ルシア王国の権力者だ」
サシャが言っていたことと一致する。
やはり、ルシア王国の中に、黒幕が潜んでいるのか。
「まあ、ぼくは依頼とは関係なしにタクミ君に興味があってここに来たんだ。宇宙最強という研究材料はあまりにも魅力的だったからね」
うん、もうやめてね。
その研究、時間の無駄だから。
「しかし、君は不思議だね。純粋に強いだけならいつか科学の力で越えることができるだろう。でも、君からはそれとは別の、メモにも書けないような計り知れない強さを感じるよ」
なんだろう、それ。
できればそれこそメモに書いて教えて欲しい。
「だからこそ、気をつけたほうがいい。君を中心に今、大きな何かが動いているよ」
いや、もう本当にやめて。
大きな何かとか動かないで。
「タクミっ」
「タクミさーーんっ」
その時、俺を心配したサシャとレイアがこちらに駆けつけてきた。
どうやら、デウス博士の完全領域遮断システムが解除されたようだ。
「っ! タクミ、どういう状況っ? 誰が敵なのっ? この凶悪そうな奴っ?」
「クロエの偽物かっ! 確かに邪悪な力を感じるっ!」
「なんでやねんっ! タッくん、コイツらシバいてもええか?」
平和な日常はまだ当分戻ってきそうになかった。
 




