四十三話 解放カルナ対限界マキナ
「デウス博士、ドチラヲ攻撃スルンデスカ?」
「す、少し待てっ! 召喚された者のデータがわからないっ!」
突然のカルナ登場に、デウス博士はわかりやすくテンパっている。
「しゅ、種族、ブラックドラゴン。性別、女。タクミの仲間クロエと酷似する箇所が多々見られるが、一致率は62%、別人。これまでタクミとの接触はなし。データに該当する人物がなしっ! そ、そこから予測される可能性は……っ!」
メガネの横に付いているボタンを押して、ブツブツとつぶやくデウス博士。
どうやら見た相手の情報がわかるメガネのようだ。
「ま、まさか、召喚ではなく、創造したのかっ!? 一瞬でクロエに似たドラゴンを創り出したとでもいうのかっ? ち、父親が創造神という噂は本当だったのかっ!?」
それは、真っ赤な嘘である。
何度も言うが俺の父は、普通の宿屋の親父である。
「くっ、仕方ないっ。マキナ、まずはあのドラゴン女から攻撃しろっ」
「了解シマシタ、デウス博士」
カルナは俺の前に立ったまま、両手を広げた。
上を向いた手の平から黒く丸い玉が浮かんでくる。
マキナはカルナに向かって、機関銃を撃ちながら、さらに背中のロケットランチャーも発射する。
「全弾発射シマス。衝撃ニ注意シテクダサイ」
おびただしい数の弾丸と、ロケットランチャーの弾を前にカルナは全く動じない。
「邪龍暗黒吸球」
カルナの両手から出た黒玉が広がっていく。
先ほど、ロケットランチャーから守ってくれたように、飛んできた弾丸やロケットは全てその中に吸い込まれていく。
「そんなんきかへんで」
カルナが両手を握りしめると弾丸を吸収した二つの黒玉がばんっ、と弾け飛ぶ。
バラバラになった弾丸の破片がパチパチと小さな花火のように舞い落ちる。
「ほな、お仕置きの時間といきますか」
「む、むぅ、小癪なっ! マ、マキナ、ビームサーベルだっ!」
完全に敵を圧倒しているカルナ。
ノリノリなんだろうか、背中の黒い翼がパタパタと動いている。
さらにそれと連動するようにお尻にある尻尾も……
いや、違う、尻尾じゃないぞ。
カルナのお尻に見慣れたものが付いていた。
魔剣ソウルイーターだ。
完全に魔剣から解放されたのではないのか?
柄の部分とカルナの臀部が繋がっていて、翼と同じように動いている。
だ、大丈夫なのか、これ。
「近接戦闘モード、始動」
マキナの右手がパタンと閉まり、今度は腰に装備していたビームサーベルを抜いて斬りかかる。
「はんっ、ぶっ壊したる」
カルナは握りしめた両拳をぴったり並べて前に出し、それをゆっくりと左右に開いていく。
ぶわっ、と握った拳の隙間から闇が溢れ出て、黒い剣が作られた。
「邪龍暗黒大剣」
完成された真っ黒い剣を横薙ぎに振るう。
それを受け止めたマキナのビームサーベルが一撃で粉砕された。
マキナが折れたビームサーベルを見てから、デウス博士を見る。
「近接戦闘モード、終了シマシタ」
大ピンチにも関わらず、マキナには感情の起伏がまったくない。
「あ、あわわわぁ」
逆にデウス博士は明らかに狼狽えている。
「ああっ、そうだっ。ま、待て、ドラゴン女っ! マキナには爆弾がっ。この山を跡形もなく吹っ飛ばすほどの爆弾が仕掛けてあるのだぞっ!」
そうだった。
その設定すっかり忘れていた。
「カルナっ」
「大丈夫や」
カルナは右手で剣を持ったまま、左手から黒玉を作り出す。
「どんな爆発も吸収したるわ」
デウス博士の顔がさーー、と青くなる。
強い。封印が解けたカルナはこんなにも強かったのか。
「こ、こうなったらマキナのリミッターを解除してやるっ。三分くらい時間がかかるから、ちょっと待ってろよっ」
デウス博士がマキナの背後に回り、機械の部分をいじりだした。
これ、待たないで、解除する前に倒してしまったら、いいのではないだろうか。
「なあ、カルナ……」
「あかん、タッくん。ヒーローが自己紹介してるとき悪役は攻撃したらあかんやろ? お互い様や」
「あれ? 考えてることわかった?」
「なんとなく、伝わってくるねん」
カルナが嬉しそうにそう言った。
魔剣だった時の能力がそのまま残っているのか。
「くそう、予定外だっ。しかし、見ていろよっ。リミッターを解除したマキナの強さは、とんでもないんだからなっ!」
ちょっと半泣きになりながら、マキナのリミッターを解除しているデウス博士。
カルナの顔を見ると、ニヤリと笑いながら目を輝かせていた。
まるで、おもちゃを与えられるのを待つ子供のようだ。
久しぶりに戻った身体で暴れたくて仕方がないのだろう。
「リミッター装置、オープン」
デウス博士がそう言ったと同時に、機械であるマキナの右半身から光が飛び出し、空中に様々な数字が書かれているパネルが映し出された。
「パスワード入力。これよりリミッターを解除する」
デウス博士が空中の数字を素早く押すと、マキナの機械部分が燃え上がるように赤く染まる。
そして、大武会で闇王アザトースと戦った時のように、機械部分から、うねうねとチューブのようなものがはみ出し、マキナの人間部分を機械が覆い、全身すべてが機械化する。
あの時と違うのは、その機械全てが真っ赤に染まっていることだ。
「リミットブレイク・ラグナログモード発動」
プシュー、と紅いマキナの背中から熱風が吹き出した。
「ヤバイな、タッくん、ほんまに強いで、アレ」
全然ヤバそうに感じない嬉しそうな声を出すカルナ。
『ヴィィィィイィィィッッッ』
マキナの口から出た言葉は、人間には発せられないような機械音声だった。
本気でヤバい。超怖い。
「いけ、マキナ。蹴散らしてこい」
ドンッ、という爆発音が聞こえた。
ただマキナがカルナに向かって突進しただけだった。
それだけで地面が爆発したように粉砕する。
マキナは人間の動きではあり得ない速度で、頭からカルナに突っ込んだ。
「邪龍黒層重盾」
カルナが左手にあった黒玉を変形させ、前方に大きな盾を展開する。
マキナはお構いなしに、そのまま頭から黒い盾にぶち当たった。
パァン、という弾けたような音と共にカルナの盾が弾け飛んだ。
それでもマキナは止まらない。
カルナの土手っ腹に人間魚雷のように激突する。
「ぐうっ、がぁああぁぁっ!」
俺の真横をカルナが通過して、そのまま遥か後方まで飛んでいく。
何かにぶつかったような音が聞こえたが、そちらを見ることができなかった。
目の前にいるマキナから目が離せない。
『フゥーーッ』
四つん這い状態になった赤いマキナの身体中から、煙がもれ出ていた。
オーバーヒート寸前の機械のようだ。
明らかに限界を超えている。
燃え上がるような機械のパーツは、今にも溶け出して融解しそうだ。
マキナが立ち上がり、今度は俺に襲いかかろうとする。
だが、いつものように焦りはしなかった。
カルナが俺のことがわかるように俺もカルナのことがわかっていた。
カルナはあの程度じゃやられない。
「ガァアアァアアアアアッッ」
カルナの咆哮が響き渡る。
マキナの動きが止まっていた。
あまりの存在感に、俺も背後を振り返る。
ドラゴン形態になったカルナがそこにいた。
クロエよりもひとまわり以上大きい。
吠えた口からのぞく鋭い牙や、地面に食い込む長い爪も、クロエよりはるかに凶暴に見える。
あきらかにカルナのほうが戦闘に特化していた。
「こうなったらもう手加減できひんで」
『ヴィィィィイィィィッッッッァァァァア』
恐ろしい力を持った二人が再び激突する。
そんな中で戦いを傍観するデウス博士と目が合った。
もしかして、今、彼を捕らえれば、黒幕のことなど色々聞き出せるんじゃないだろうか。
ニヤリ、と笑いながら近づくと同じ歩幅だけデウス博士が後退した。
最強クラスの熱いぶつかり合いが行われる中、最弱クラスのしょぼい戦いがこっそりと始まろうとしていた。




