四十二話 デウス博士の誤算
マキナの右手に設置された機関銃から発射された弾丸は、俺の足元にばら撒かれた。
「さすが、宇宙最強。一歩も動かないとは。マキナの攻撃が威嚇だと瞬時に判断したようですね」
銃口を突きつけているマキナではなく、その横にいるデウス博士が話しかけてくる。
いや、まったく反応できなかっただけですよ?
その証拠にびっくりして、ちょっとちびっている。
「そして、君の力なら一瞬でマキナを粉々に破壊することも可能だろう。だが、それをしないのは気づいているからなんだろう?」
うん、できるわけないからね。
そして、特に気づいたこともありません。
「マキナの身体には、この山を跡形もなく吹っ飛ばすほどの爆弾が仕掛けてあることを」
え、ええっ!?
あまりの驚きに声もでなかった。
マキナはそんな爆弾を仕掛けられているのに、まるでそんな素振りを見せない。
やはり、デウス博士に何かされているのだ。
「さあ、今度は狙いなさい、マキナ。彼がどうでるか、非常に興味が湧く」
「ハイ、デウス博士」
マキナが返事をしている隙をついて、転がるように岩の影に飛び込んだ。
同時にマキナが構えていた機関銃を再びぶっ放す。
凄まじい銃声と岩が削れる音に、思わず耳を塞ぐ。
「目標ヲセンター二入レテ、スイッチ、目標ヲセンター二入レテ、スイッチ、目標ヲセンター二入レテ、スイッチ……」
マキナは同じことを繰り返しながら、機関銃を撃ち続ける。完全に正気ではないことがわかったが、対抗手段はこれといって見当たらない。
さらに、マキナの隣では、デウス博士がメモを取りながら、ブツブツと独り言をつぶやいている。
「タクミ行動メモ、その31。通常時は強者のオーラを微塵も感じさせない。岩影への避難動作もEクラス冒険者並みだった。わざと弱く見せて油断させていると思われる」
見せてるんじゃなくて、本当に弱いよっ!
てかその31ってなんだ?
ここにきてからそんなに俺のデータ取ってたのかっ!?
「タクミ行動メモ、その32。マキナに反撃しないことから、攻撃方法は拘束に適したものがないと判断する。どんな攻撃も、強力で手加減ができないため、マキナを破壊せずに手を出すことが不可能と思われる」
いやいやどんな攻撃も、貧弱すぎて手を出すことが不可能なんだよ。
「ああ、そうだ。仲間の助けを待ってるなら、諦めたほうがいいよ。ここには誰も来れないように空間をいじって完全領域遮断システムを作動させている」
これだけ騒がしいのに、レイアやサシャがやって来ないのはそのせいか。
「タクミ行動メモ、その33。爆弾による大規模な被害を考慮し、まったく攻撃してこないことから、仲間が傷つくことを恐れていると判断する。神降ろしレイア、サシャ王女のどちらか、もしくは両名とも人質の価値があると思われる」
いや、どちらかというと俺を人質にするほうが簡単なんだけどね。
「マキナ、ロケットランチャーであの岩を吹っ飛ばしなさい。防御力を測定したい」
「了解シマシタ。大虐殺モード発動シマス」
まずい。
もはや、俺一人でどうにかなる奴らではない。
そう思った時だった。
腰に巻いてある鈴がチリン、と音を立てる。
ヌルハチの転移の鈴。
その鈴から光が溢れ、爆発したように広がっていく。
「大賢者の転移魔法ですか。面白い。ぼくの構築したシステムを打ち破れるかな?」
『警報。侵入者ヲ確認シマシタ。コレヨリ侵入防止システムヲ作動シマス』
何もないところから機械音声が聞こえてくる。
同時に周りの空間に無数の数式が浮かび上がる。
なにかの計算をしているのか、それは、どれも理解不能な数字の羅列だった。
『計算カンリョウ。素粒子マデ分解サレタ物質ノ転送ヲ感知。逆転送ヲ実行シマス』
転移の鈴から出ていた光を取り囲むように、数式の渦が螺旋状に発生する。
それは急速に収縮していき、光と共に消えて無くなった。
『警報解除。侵入者ヲ排除シマシタ』
チリン、となった鈴はもう光ることはなかった。
「ぼくの勝ちですね。大賢者ヌルハチ」
デウス博士が恍惚の笑みを浮かべている。
ヌルハチの転送魔法すら通用しないのかっ。
こいつ、想像以上にヤバすぎるっ!
「対戦車用バズーカ発射五秒前、4、3、2……」
マキナが前屈みになり、右側機械の背中にあるロケットランチャーの発射口を岩に向けてくる。
絶対絶命の大ピンチだ。
「発射ッ!」
轟音と共に目の前の大岩が爆発する。
爆発の衝撃と共に、俺は為す術もなく吹っ飛ばされ……
……あれ?
全くの無傷だった。
目の前の大岩は粉々に破壊され跡形もない。
だが、その代わりに別の何かが俺を守ってくれている。
そこに立っていたのは色の黒い女だった。
鋭い目が赤く光っている。
ロングヘアーの髪は真っ白で、背は自分と同じくらいだ。
頭にモウのような黒い角が左右対象に生えており、背中に巨大な黒い翼があった。
さらに異様に大きな手には鋭く尖った爪が伸びている。
胸には水着のような布地をつけているが、かなり小さくつるぺただった。
一瞬クロエと見間違う。
だが、所々、細かいところが違っている。
そして、俺ははじめて見る彼女が誰だかすぐにわかってしまった。
「馬鹿なっ、あり得ない! ぼくのシステムに全く感知されずに召喚したというのかっ!?」
ずっと余裕の表情を浮かべていたデウス博士が初めて驚愕する。
「あり得ないっ、あり得ないっ! タクミ行動メモ、その34っ。む、無詠唱、魔道具なしでの召喚を確認。か、完全領域遮断システムでも感知されずっ。嘘だっ、そんな馬鹿なっ! たとえ、創造神といえど、ぼくのシステムを潜り抜けることなどできないはずだっ!?」
うん、だって召喚していないもの。
最初から彼女はここにいたんだ。
大武会以降、話しかけてもまるで反応がなくなっていた。
まるで普通の剣に戻ってしまったように、静かにただ俺の腰で眠っていたのだ。
「タクミっ! 貴様は一体何者なのだっ! 科学をっ! この世のすべてを根底から覆す者とでもいうのかっ!?」
取り乱し崩れ落ちながら叫ぶデウス博士。
「タッくん」
久しぶりに聞く声に胸が熱くなる。
「いつもの言うたげて」
その言葉を初めて、人間の姿で彼女は言う。
それは頭の中に響いていた声とまったく同じ声だった。
「よくわかったな。その通りだ」
カルナと顔を見合わせ、声を出して笑いあう。
はじめまして、カルナ。
俺は心の中でそう呟いた。




