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五話 そして伝説へ

 

「必ずまたやってくる」


 そう言い残してブラックドラゴンのクロエが去っていく。

 最後の言葉は震えていた。

 よほど悔しかったのだろう。なんだかかわいそうだが、できればもう来ないでほしい。俺の脆弱な心臓が止まってしまう。


「ふん、また来るがいい」


 そんなセリフを吐くレイアを無視して、鍋を片付ける。残った汁は明日、米と混ぜておじやにしよう。最後の晩餐になると覚悟していたが、また明日もご飯が食べれることに感謝する。ああ、生きてるって素晴らしい。


「ああっ、タクミさん。食事の片付けなど私がやります。どうか休んでいてください」

「いや、もう遅いし、レイアはそろそろ帰ったほうがいい。いくら強くても夜の山道は油断ならない」

「え? 帰る?」

「え? 帰らないの?」


 レイアが驚いた声を出したが、それ以上に俺が驚いた。


「弟子と師匠は免許皆伝の時まで、いついかなる時も共にいるものだとアリス様に教わりました。私はここでタクミさんと暮らしていく所存でございます」

「いやいやいや、それはダメだ。年頃の女性とそんなことはできない。一回帰って明日またやって来い」


 そう言って、先程のレイアの言葉を思い出す。


「ああ、そうだ。さっき胸の動悸が収まらず、体温が上昇すると言っていただろう。送ってやるからついでに村の病院まで行こう」

「嫌です。断固拒否します」


 ここにきて、レイアは初めて俺に逆らう。


「タクミさんの力の影響で、確かに私の身体は謎の変調を訴えております。このような現象は生まれてから一度たりともありませんでした」


 俺、それ関係ないんだよなぁ。力なんてカケラも無いし。


「でも、なぜか、そう心地悪くないのです。締め付けられるような苦しみの中に、どこか、力が湧いてくるような感覚もあり、上手く言えませんが、この力を制御できれば、私はもっと強くなれる。そんな気がするのですっ」


 何を言ってるかわからない。

 超怖い。

 いきなり爆発とかしないだろうか。


「とにかくだ。嫁入り前の娘が、三十過ぎのおっさんと暮らすなど許すことは出来な……やめろ、短剣をしまえ。すぐに腹を切ろうとするな」

「私は剣の道にすべてを捧げています。男とか女とか、そのような分け隔て、無用でございますっ」


 あかん、これ、何を言っても聞かないやつだ。

 もしかしてアリスの奴、レイアが面倒臭くなって、こっちに寄越したんじゃないだろうな。


「わかった。とにかく切腹はやめてくれ。と、共に暮らすことを許そう」

「ありがとうこざいますっ、タクミさんっ」


 レイアがここに来た時と同じように、俺に抱きつこうとして、寸前で止まる。顔と顔が急接近して思わず照れてしまう。どんっ、と凄まじい音がして、レイアが後ろに飛び退いた。


「す、すいません。喜びのあまり、禁を破ってしまうところでした」

「う、うむ、気をつけるように」


 足元を見ると、洞窟の床が爆発したみたいにヘコんでいた。

 やめてあげて。俺のおうち壊さないであげて。


「しかし、タクミさんは本当に凄まじいお方です。今、触れてもいないのに、私の中にまたタクミさんの力が流れ込みました。心臓が張り裂けるように高まっております」


 それ、絶対ヤバイ病気だよ。

 早く病院に行って欲しいが、行けと言えば腹を切るとか言うし、どうしようもない。


「その程度の力、軽く制御できないようでは先はないぞ」

「は、はいっ。申し訳ございませんっ」


 早く自力で治してほしい。


「それでは今夜はもう休むとしよう。そこからこちらがレイアの領域だ」


 洞窟の床に棒で線を引く。


「え、隣で寝てはいけないのですか?」


 当たり前だ。

 そんなことしたら俺が眠れない。


「その資格がお前にあると思うのか?」


 くっ、とレイアが膝をつく。


「隣で寝てしまうと、今の私の力では、タクミさんから流れてくる力に対抗できず、壊れてしまう、そういうことなのですね」

「よくわかったな。その通りだ」


 本当は俺が壊れてしまう。

 だって、女性経験、ゼロだもの。すでにこの同棲だけで、いっぱいいっぱいだもの。

 わらを敷き詰め、寝床を二つ作る。布を頭まで被った途端に強烈な睡魔に襲われる。

 本当に疲れた。

 今日一日は、実は夢か何かで、朝になったらいつもの日常に戻っていないだろうか。

 そう願いながら俺はあっという間に眠りについた。


 しゅっ、しゅっ、と何かを削るような音で目が覚めた。

 まだ、外は少し明るくなってきたばかりだ。こんな早朝に何故こんな音が、と目を擦る。

 惨めに小粒になった芋が、山のように積み上げられていた。


「おはようございます、タクミさん」


 爽やかに挨拶しながら短剣で芋を剥いているレイア。

 来たる冬に備えて備蓄していた大切な芋がほとんど無くなっている。


「レ、レイア。これは……」

「はい、タクミさんの弟子にして頂いた喜びのあまり、興奮して寝付けず、早朝から修行をさせていただいておりました」


 なんてこった。

 思わず頭を抱える。

 このままでは冬を越せずに餓死してしまう。


「レイア、芋を剥くのはこれから一日一個だけだ」

「ええっ、それではまったく修行ができないではありませんかっ、残った時間、私は一体何をすれば……はっ」


 喋っている途中にレイアは勝手に何かを閃いたようだ。


「それを考えるのもまた修行。そういうことなのですね、タクミさん」

「よくわかったな。その通りだ」


 いや、とにかく芋を守りたいだけだから。

 無残に飛び散った芋の残骸を集めながら、泣きそうになるのを我慢する。あとで細かく砕いて、すりおろし、芋のスープにして食べよう。只でさえ食いぶちが増えたのに、これ以上食料を無駄にはできない。

 だが、ここでさらに深刻な事態が巻き起こる。


「貴様っ、どういうつもりだっ」


 レイアがいきなりカタナを抜く。

 芋の残骸を拾う貧乏臭い師匠に嫌気がさしたのかっ。そう思い、死を覚悟したが、それは杞憂に終わる。


「おはようございます、タクミ殿」


 洞窟の入口に昨日と同じようにブラックドラゴンのクロエが立っていた。


「タクミさんの慈悲で見逃してもらっておいて、またすぐに現れるとはっ。あれ程言ってやったのにまだわからなかったのか。それとも一晩寝ただけで強くなったと勘違いしているのかっ。もういいっ。タクミさん、やってしまいましょう」


 いや、やらないから。

 正確にはやれないから。

 どちらかというと簡単にやられてしまから。


「まあ、まて、レイア。どうやら戦いに来たのではなさそうだ」


 昨日と比べてクロエの雰囲気が違っていた。

 あれほど溢れていた殺気は微塵もなく、ちょっと大人しい感じになっている。


「ああ、そうだ、タクミ殿。貴方に報告があって来たのだ」


 そう言うと、クロエは俺の前に跪く。

 あれ? なんだろう、すごく嫌な予感がする。


「我らドラゴン族、その全てがタクミ殿の配下となることが決定した。これからはドラゴンの王として、我らを導いて欲しい」


 あまりのことに驚いて、言葉をなくし立ち尽くす。

 レイアのほうを見ると、なんか、当然そうなるだろうみたいな顔で、うんうん、とうなづいている。

 俺の平凡な日常が音を立てて崩壊する。


 そして、伝説が始まった。


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