四十話 ヌ・ルシア・ハシュタル・チルト
「パーティーメンバーを増やそう」
ヌルハチがそう言ったのは、二人でパーティーを組んでから一ヶ月目のことだった。
ギルド試験に落ちた俺をランキング一位のヌルハチが無理矢理合格にし、なんとか冒険者になれたが、そんな落ちこぼれの俺とパーティーを組む者は一人もいなかった。
ギルドのクラスはSランクからEランクがあったが、俺だけさらに下のFランクに認定される。
後で聞いた話だと、バルバロイ会長が愚者のFOOLからとったFらしい。
もちろん、ランキングは圏外の最下位。
一人では最低のクエストも受けることが出来なかった。
かといって誰が最下位で役立たずの俺とパーティーを組むというのか。
冒険者にはなれたが、俺はいきなり途方に暮れていた。
「仕方ないな。ヌルハチがパーティーを組んでやろう」
再び、俺に救いの手を差し伸べるヌルハチを最初は女神のように思っていた。
だが、それは大きな間違いだった。
【クエストランク AAA サラマンダークイーンの討伐】
ヌルハチが受けたクエストを見ただけで、気絶しそうになる。
「え? これが俺の初めてのクエスト?」
「うむ。まあ最初だからな。少し軽めのクエストにしておいた」
「冗談だよな?」
「ヌルハチは冗談を言わん」
確かにその通りだった。
ヌルハチが受けるクエストは、どれも過酷な伝説級のクエストで俺は毎回死にかける。
敵の攻撃だけではなく、ヌルハチの魔法の巻き添えにもなった。
「ふむ、思った以上に最弱だな。ヌルハチだけでは守りきれん」
ズタボロの俺を見て、ヌルハチはパーティーメンバーを増やすことに決めたのだった。
仲間を増やすと言っていたので、ギルド協会本部に行くと思っていたが、ヌルハチが俺を連れてやって来たのは、予想外の場所だった。
「ヌルハチ、なんでルシア王城にやってきたんだ?」
だが、ヌルハチはその質問に答えず、スタスタと、門番の前まで歩いていく。
ヌルハチを見た途端に門番は仰々しく敬礼し、城門を開けた。
「どうした? 早く来い、タクミ」
慌ててヌルハチについて行く。
どうやら、ルシア王国とヌルハチは何やら関係があるようだった。
初めて入る城の中は絢爛豪華で何もかもが輝いて見えた。田舎者の俺はあたりをキョロキョロしながらヌルハチの後をついていく。
煌びやかな赤い絨毯の長い渡り廊下を歩いていると、壁に肖像画が並んでいるのを発見した。
肖像画の下に記された文字を見るとすべてにルシアという名前が入っている。
どうやらこの絵は歴代の女王の肖像画のようだ。
奥に進むにつれて、肖像画の絵はだんだんと古くなっていく。
そして、最後の一枚……
「これ、ヌルハチだよな」
今と変わらない若い姿のままのヌルハチの絵がそこにある。
そこに記された名は『初代女王 ヌ・ルシア・ハシュタル・チルト』だった。
「この国の、最初の女王だったのか?」
「正確には違う。元のルシア王国を滅ぼして乗っ取っただけだ」
さらっ、と恐ろしいことをヌルハチは言ってのけた。
それから長い廊下を抜けると、吹き抜けの大きなフロアになっており、中央に登り階段が続いていた。
その先には銀色の鷹が描かれた豪華な両開きの扉があり、左右に銀の鎧を来た兵士が待機している。
ヌルハチが階段を登っていくと、兵士がその扉を開ける。
部屋の奥には玉座があり、そこには美しい女性が優雅に座っていた。
肖像画で見た一番新しい絵の女性。
つまり、それは現ルシア王国の女王だった。
「お久しぶりですね。ヌ・ルシア・ハシュタル・チルト様」
女王が立ち上がり、ヌルハチに頭を下げる。
「ヌルハチでよい。堅苦しいのは好かん」
「わかりました、ヌルハチ様。今日はどの様なご用件で?」
落ち着いた品格漂う女王に対し、ヌルハチのほうが年下に見えてしまう。
実際は何千歳もヌルハチのほうが年上なのだが。
「パーティーメンバーを探しに来た。防御、回復、危険察知に優れた者が望ましい」
「あら、どれもヌルハチ様には必要がなさそうなのですが…… ああ、そちらの方の為に必要なのですね」
女王がニヤニヤとしながらからかうように話す。
ヌルハチは、後ろにいる俺のほうをちらっと見てから、すぐに女王に向き直った。
「くだらないことを言った歴代の女王が次の日引退したこともあったな」
「あらあら、あまり触れてはいけないみたいですね。わかりました。すぐにご用意致しますわ」
数分後、三人の男女がやって来る。
黒い鎧を着た騎士、お淑やかなシスター、鎖に繋がれた囚人、三人ともなかなか強烈な個性を持っている。
「騎士団長リック、僧侶サシャ、大盗賊バッツです。それぞれ、防御、回復、危機察知に特化しています。お試しになられますか?」
ヌルハチが三人を一瞥した後、首を振る。
「いや、十分だ。申し分ない。だが、本当に連れて行って良いのか?」
「ええ、ヌルハチ様なら安心して預けられますわ」
俺は騎士団長や大盗賊を連れて行くことをヌルハチが懸念したのだと思っていた。
「わかった。この三人、貰っていく」
サシャが女王の娘など、この時は知る由もなかった。
「懐かしいわね。あの頃、色々あって修道院に入れられてたのよ」
洗濯を終えたサシャが昼ごはんの仕込みをする俺を手伝ってくれている。
料理のできないレイアが、離れたところから、悔しそうにこっちを見ていた。
「どうして、修道院に?」
「内緒。まあ修道院も逃げ出した所だったんだけどね」
何をやらかしたんだろうか。気にはなるが、聞いてはいけない雰囲気に、これ以上は質問できなかった。
「そういえばリックは? こっちに来ないのか?」
パーティー時代、全くそういう素振りを見せなかったので、気付くことはなかったのだが、今思えば、ルシア王国騎士団長のリックは、サシャの護衛としてパーティーについて来ていたのだろう。
「リックは来ない。いえ、来られないわ。大武会の後、ずっと行方不明なの」
「えっ!?」
そういえば、勇者エンドとの試合の後、一度も姿を見ていない。
「ずっと前からリックに頼んでいたの。タクミやアリスに近づく怪しい人物がいないか見張ってほしい、と」
「……そのリックがいなくなったのか」
サシャが神妙な顔でうなづく。
リックは黒幕の正体を掴んだのだのだろうか?
少なくとも何かに巻き込まれたのは間違いない。
「俺にできることはあるか?」
「大丈夫、ここで私とイチャイチャしてくれるだけでいいわ。私がタクミと結婚したという噂が広まれば、黒幕は必ず、自分の目で確かめにくる」
そう言ったサシャの上目遣いが、妙に色っぽく感じてしまうのは気のせいだろうか?
そして、後ろで見ているレイアからは尋常でない殺気がダダ漏れしている。
サシャと結婚したフリをしてイチャイチャして過ごす。
俺にとって、それは、史上最大、SSS級のミッションだった。




