閑話 ネレスと伽羅様
大きく息をはいて深呼吸する。
それでも動機はおさまらない。
久しぶりに見た、あのタクミは想像以上にボクの心をゆさぶった。
「顔は同じなのに。やっぱり全然違うんだ」
双極の魔剣、紅蓮と蒼漣が、それはそうだよ、と言わんばかりに、赤く青く発光してしている。
遥か遥か昔の記憶。そうだ、ボクは確かにあのタクミと一緒に戦ってきた。
「記憶が戻ったの? ネレスちゃん」
足元に小さなミニチュアダックスフンドがちょこんとおすわりしている。いつからいたのか、いや最初からいたのか、その気配を辿ることは今のボクにはできない。
「少しだけ。頭は覚えていなくても身体が覚えてた。やっぱりボクはあのタクミのために戦っていたんだ」
「ふうん」
さして興味は無さそうに、小型犬は後ろ足で背中のあたりをぼりぼりとかいている。
「どうせなら会いに行ったらいいのに。ネレスちゃんもあのタクミも思い出すかもしれないよ?」
「……いいんだ。たぶん思い出せないのは、思い出したくない記憶があるからなんだ」
アリスもレイアもロッカもいない。
あのタクミは全てを失っている。
その記憶がないボクは、すべてがなくなった後にあのタクミと出会っているのか?
「キミは全部、知ってるの?」
「上から見てたからね」
「1番上か。キミの世界は全てを超越しているんだね」
胴体短足の小型犬は答えない。その世界は実写版か映画版、もしくは海外版なのかもしれない。※伽羅様は小説のオマケ小冊子から生まれました。
「ここでボクらがタクミに勝つほうがいいのかな? それともタクミとあのタクミは直接戦ったほうがいいのかな?」
「流れ的には2人のタクミの最終対決は盛り上がるよね。でもネレスちゃんは、それが見たくて頑張ってたの?」
違う。ボクが、無限界層一桁トーナメントを始めたのはそんな理由じゃない。
「わふんっ」
まるでボクの迷いを断ち切るように小型犬が小さく吠える。最大の試練はタクミに勝ったあと、この可愛らしい風貌とは真逆の圧倒的上位存在を打ち破ることだ。
「黒塗りの辞書は、いつまで継続するの? タクミの文字は、あと、どれくらい使えるの?」
それによって戦い方は大きく変わる。さらにこの小型犬が敵になった時を考えて、味方のうちに少しでも手の内を探ろうとして聞いたのだけど……
「ああ、あれは嘘だよ、僕、そんな能力持ってないよ」
「へ?」
「暗示みたいなものだよ。タクミが勝手に自分で一度使った文字は二度と使えないと思い込んでるだけなんだ」
ほ、ほんとに? ボクに能力を知られたくないから嘘ついてるんじゃなくて?
「ほんとだよ。そもそも、どんな能力でもタクミの文字の力を止めることなんてできないよ。だって最初からタクミ自身は文字の力なんて使ってないんだから」
「ご、ごめん、何を言ってるのか、全然わからない」
「気づいてなかった? タクミは一度も自分で文字を使ってないんだよ。アレはタクミがこう使いたいって思った文字の力を文字人間が実行しているだけなんだ」
「え? じゃあタクミは……」
「ずーーーと人類最弱のままだよ。自分の力だと信じて、発動ポーズをしているだけのただの勘違いだよ」
そ、それで無限界層ランキングを駆け上がってたのっ!?
「この物語は、ずっと勘違いものなんだ。主人公のタクミが本当に強くなるわけないじゃないか」
「も、文字人間が全部やってたの? タクミが考えた文字のアイデアを? ど、どうやって?」
「空っぽのタクミの器は広いからね。そこに隠れてコソコソ頑張ってたよ」
「あわわわわわ」
あまりのことに言語中枢が破壊される。え? じゃあボクと戦ったときも、あれだけ真面目な顔で技名唱えてて実質何もしてなかったの?
「も、もしかして、あのタクミも?」
「うん、おんなじ。まったく力なんて持ってない。最後にタクミが残って、あのタクミと戦ったら、デウス博士戦を上回る史上最弱の戦いが始まってしまうよ」
小型犬の尻尾がぴょこぴょこと揺れている。
「そもそも全部勘違いなんだよ。あのタクミは遥か未来の漫画版なんかじゃないんだ」
「えっ? そこからっ!? じゃあ、あのタクミってなんなのっ!? どっからやって来たのっ!?」
「それは自分で思い出さなきゃ」
小型犬は興味なさそうに大きなあくびをした後、そのまま、すやすやと眠ってしまう。
「え? えええぇーー」
タクミが最弱のままで、文字の力は文字人間が使ってて、あのタクミは漫画版じゃない?
あまりの情報量に脳の容量がオーバーして、ボクの世界は停止した。
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