三百三十八話 がてん
『あれ? うち、ねてた? なんか意識飛んでた気するわ』
「うん、ちょっとうたた寝してたみたいだね」
どうやら、俺に渡す時、あのタクミはカルナを眠らせていたらしい。
『あのタッくん、もう、うちの声、完璧に聞こえるようになったん? 一回しか聞こえてなかったのに』
「あ」
わ、忘れてた。あのタクミはカルナの声が聞こえないんだった。いや、一回聞こえたってことは、だんだん聞こえるようになってきていたのか? ……ちょっとムカ。
『やっぱりずっと一緒にいたら通じ合ってくるんやな。これからちょいちょい話しかけるから仲良くしよな』
「うん、こちらこそ……」
……じゃ、なかったっ! まてまてまてっ!!
今の俺が仲良くするということは、あのタクミとカルナの仲が深くなるということだ。俺は全力で嫌われて、カルナが早く帰ってくるように仕向けないといけない。
「……悪いけど家事が忙しくて、そんなに話せないよ。あんまり話しかけないでくれるかな」
『え? なに? ツンデレなん? ほんまはうちと話すん、嬉しいくせに。ちょっとニヤついてるで』
くっ、よくわかったな、その通りだ。久しぶりに話せて嬉しくて仕方ないんだ。でも、でも今の俺はあのタクミだから、仲良く話せないんだっ。
『ふーん、まあ、ええわ。ちょっとおとなしくしといたるわ』
「あ、ありがとう」
思わずお礼を言ってしまう。ダメだ、俺、こういうの慣れてない。
「あのタクみーん、あのタクみーん」
ロッカが甘えるような声で俺を呼んでいる。本当の俺をそんな声で呼んだことないのにっ!!
「なんだ、ロッカ、俺……じゃなかった、僕は今、忙しいんだ」
「マッサージの時間でござるよ。忙しくても第一優先にすると約束したでござる。今夜は腰だけではなく肩もこってるのでスペシャルコースをお願いするでござるよ」
あのタクミ、めちゃくちゃ、こき使われるじゃないか。確かに、ちょっと無理してた、とか言ってたな。
「悪いがあのタクミマッサージ店は閉店だ。今後いっさい、そういうことはしな……って、なにっ、その顔っ、やめてっ、この世の終わりみたいな絶望感を出さないでっ!!」
それほどかっ、それほどまでにあのタクミにマッサージされたいのかっ!?
「わ、わかった、少しだけだぞ、スペシャルじゃないからな」
「わーい、でござる。そんなこと言っても、いつもあのタクみんは、スペシャルにしてくれるでござるよ」
甘やかし過ぎて歯止めが効かなくなってるじゃないかっ。
「……ダ、ダメだ。メガスペシャルで、さらに延長コールまでOKしてしまったよ」
手がっ、俺の手が赤く染まってしびれているっ!
「あっ、タクミ、いまから洗濯するわよ。タライに水を汲んできて、もみ洗いしてね」
部屋に帰るところでサシャに捕まる。てか、もう「あの」抜けてるよ。タクミ呼びになっちゃってるよ。俺が帰ってきたらどうするの?
「タ、タライって。デウス博士が作ってくれたドラム式の洗濯機は?」
「この前、タクミがつめ込みすぎて壊したんじゃない。そのかわり全部手洗いで頑張るって言ったよね?」
あ、あ、あ、あ、あのタクミィィッっ!!
アイツ、なんてことをしてくれるんだっ!!
「す、すまないが俺のお手手はもう限界なんだ。今日だけはサシャが変わって……ひっ、やめてっ、そんな修羅みたいな顔で睨まないでっ!!」
おかしいっ、あのタクミはみんなに慕われてるんじゃなかったのっ!?
「や、やるよっ、がんばるよっ、ちゃんともみ洗いした後、パンパンして外に干すからっ!」
「うん、わかればよろしい。あと朝起きたら布団も干しといてね」
「は、はい」
か、帰りたい。もうあのタクミの評価を落とすとかどうでもいいから、今すぐ帰ってゴロゴロしたいっ!!
「ぜえぜえ、もうダメだ。手がアカギれて感覚がなくなってるぞ。文字の力で治療したい」
「ん? あのタクミは文字の力など使えないのではなかったかのぅ」
「ヌ、ヌルハチっ、そ、そうだったよ、タクミが使うから僕も使えると勘違いしちゃったよっ、あは、あははは」
「ふむ、あのタクミはうっかりさんじゃな」
もう疲れ過ぎて、自分があのタクミをやってることさえ忘れそうになるよっ。
「ヌ、ヌルハチは何もないよね? もう僕、寝ちゃってもいいよね?」
「何を言っておるのじゃ、まだ風呂掃除にトイレ掃除、ベビモの散歩に明日の朝ごはんの仕込みとやることはまだまだ……こらっ、どこへ行くのだっ! あのタクミっ!」
「うわぁあああああああああんっ」
脇目も振らずに洞窟を飛び出して逃走する。
「もういいよっ、あのタクミの評価なんてどうでもいいよっ、もうずっと洞窟で、みんなの面倒をみて暮らしてくれっ!」
「波動球•転」
逃げ出した先にヌルハチの転移球が出現して、にゅっ、と吸い込まれ、再び洞窟に呼び戻される。
「何度目の脱出じゃ。もう逃げられないとわかっておるじゃろ。諦めてさっさと家事を済ませるのじゃ」
「え」
あのタクミも何度もっ!?
カルナをあっさり渡して、あのタクミが俺と入れ替わった理由が今やっとわかった。
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