三百三十六話 家庭の事情
「タクミ、今日は修行しないの?」
「してるよ。イメージトレーニングというやつだ。身体を動かすばかりが修行じゃない。俺は頭の中でいつも戦っているんだ」
やめて、さすがタクミ、みたいなキラキラした瞳で見つめないで。文字の力が使えない状態でアリスと修行なんかしたら、俺、即死しちゃうから。
住み慣れた洞窟から離れて1週間。毎日、アリスとの修行を避けているが、そろそろネタも尽きてきた。
早く伽羅様の黒塗りの辞書をなんとかしないと、トーナメントが再開される前に力尽きてしまう。
「そういえばトーナメント、いつ再開されるんだろ?」
何気に空を見上げると、まだ日が昇りきっておらず、明け方の空には、薄っすらと丸い月が見えている。
「満月か。いや、ちょっと欠けているな、てか凸凹してない?」
『申し訳ありません。まだ完全に治っていないのです』
「うわっ、ま、まんまるかっ!?」
月だと思っていた球体王が脳に直接話しかけてきて、思わずのけぞってしまう。
「復活したのかっ、神樹王モクモクにやられたダメージからっ!?」
『はい、八割方修復できました。膨らみ具合がイマイチで真円とは程遠いのですが』
確かに完全ではないためか、以前のような偉そうな喋り方ではなく、温和な感じに変わっている。
『そろそろ復活しないとトーナメントのスケジュールが間に合わないので』
「スケジュール? 無限界層一桁トーナメントに期限があるのかっ!?」
てっきり、そんなものはなく、いくらでも長引かせることが可能だと思っていた。
『ええ、1年以内にすべての試合を終わらせないといけません。でないと大変なことになるんです』
「ま、まさか、参加者全員の世界が消滅するのかっ!?」
『いや、息子が大学受験でして。そろそろデリケートな時期にさしかか……』
「お前の都合かよっ!! 知らないよっ、そんなことっ!!」
とはいえ、トーナメントの進行は全て球体王が仕切っている。ここで文句を言っても何も変わらない。
「まだ3試合も残ってるし、その後『あのお方』との戦いが待っている。1ヶ月なんて無茶だろ?」
『ええ、このままでは間に合いません。ですから次は残った4人の全員参加、2対2のダッグ戦とさせて頂きます』
「へ?」
チーム戦? 確かにそれなら倍のスピードで試合が進む。だけど……
「く、組み合わせは? 誰と誰がコンビになるんだ?」
『それはもちろん、宇宙的平等かつ公平な、まんまる抽選にて行われます』
本当か? 本当に平等かつ公平なのか?
文字の力が介入されて、俺、一回戦から全部戦ってるんだけど。※
『残ったボールは4つ。ランキング2位【犬神】伽羅様、ランキング3位【武器商人】ソネリオン、ランキング4位【勘違い王】タクミ、ランキング5位【名無し】ネレス』
まんまるの周りに番号が書かれた小さなボールが4つ浮かぶ。それはクルクルと回転し、まるで月の周りを自転する小さな惑星のようだ。
「ちょっと待ってっ、もう抽選するのっ!?」
『はい、もはや待ったなしです。他の方たちにも同じ映像を流しております』
伽羅様やネレスもどこかで見てるのかっ。俺のシャツに魂が入ってるソネリオンは寝てるみたいだけど……
『見てますよ、タクミ様。脳内会話が2人になると混線すると思い、黙っていました』
「お、お気遣い、どうも」
いまだにシャツから出ないソネリオン。
膨大な魔装備を使えるのは魅力的だが、やはり、ここは伽羅様とコンビが組みたい。
味方になれば、黒塗りの辞書を解除してもらえるかもしれないし、この4人の中でも群を抜いて圧倒的強者だ。
『それは間違いですよ、タクミ様。コンビを組んで勝ち上がれば決勝はその者と一対一で戦うことになります。圧倒的な強者は、今、ここで潰すべきです』
「た、確かに、それも一理ある」
ど、どうする? ここで文字の力を使えば、組み合わせを思うようにできるかもしれない。しかし、その正解がわからない。誰と組んで、誰と戦えば、この先、有利に進めるのかっ!?
『それではこれより抽選を始めます。ドゥルルルるるるるるるる……』
まんまるからドラムロールの効果音が聞こえてくる。
考えが定まらないまま、もはや抽選待ったなしだ。
『るるるる……ジャーーーンっ!!』
シンバルの音が鳴り響き、まんまるの周りを回っていた4つのボールが2つずつ、左右に別れ螺旋を描きながら勢いよく落下する。
『タクミ様っ!!』
「ええっ!? なんかすごい勢いでこっちに落ちてきてないっ!?」
ぐるぐると回転しながら、2つの球が空気を切り裂き、超高速で降ってきた。まともに当たったら致命傷を負ってしまう。
「ソッちんっ、魔装備っ! なんか強力な盾とか出してっ!!」
『しょ、召喚が間に合いませんっ、口から出す前に激突しますっ』
「いやあああああっ!! ソッちん、なんとかしてぇっ!!」
ど根性チョビ髭が、ぐーーっ、とシャツから飛び出すような勢いで、生地を伸ばしてジャンプする。そこに、どごごんっ、と2つの球が衝撃波と共に地面に激突した。
「はぁはぁ、まんまる、あの野郎、俺を亡き者にして試合を省略しようとしやがった」
ゴロンゴロンと2つの球が転がり足元で止まる。
そこには自分の数字4と並ぶように、ソネリオンの3が転がっていた。
※ タクミが一回戦から全部戦うハメになったエピソードは、第九部 二章 「二百九十一話 まんまる抽選」に載ってます。よろしければ、ご覧になってみて下さい。
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