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三百三十四話 missing

 

 1人である。

 あのタクミとの料理対決に負けて、俺は洞窟を追放されてしまった。

 最後に残っていた、魔剣カルナですら、ほな、と言い残し、ぴゅー、と飛んでいく。


 孤独。とりあえず身の回りのものだけを詰め込んだ鞄を背負って、前回誰も食べてくれなかった、哀愁カレーの鍋を抱えている。


「ど、どうしようかな、これから」

『大丈夫ですよ、タクミ様、私がいるじゃあ、ありませんか』


 シャツにめり込んだチョビ髭が鍋を押しのけるテンションで話しかけてきた。いらない。いま全宇宙で1番いらないパートナーだ。寂しさが余計に加速していく。


「とりあえず、山、登ろうかな。山頂で1人、やまびこと戯れようかな」

『だから私が……』


 シャツを脱いで鞄にしまう。なにやらモゴモゴ言ってるみたいだが、もう何も聞こえない。


 強かった。漫画版になった俺はパワーアップしている。


 本格的に対策を練らないといけない。自分と戦うなら、文字の力がある俺が負けるはずはないとたかを括っていた。

 あの天然からくる人たらし能力は、明らかに以前、俺が持っていたはずの力だ。


「強大な力を得ることで失う力もあるということか」


 哀愁カレーから、ほどよいスパイスの匂いが立ち昇る。ちゃんと味で対決していれば、互角以上に戦えたはずだ。だが、あのタクミとは、それすらも叶わなかった。


 昔、俺と戦った圧倒的な力を持った強敵たちも同じ思いをしてきたのか。大武会で勝手に自滅したバルバロイ会長や、魔王崩壊サタンバーストを吸収した時を思い出していた。


「美味しそうな匂いだな」


 突然、現れた人影に、一瞬、レイアと見間違う。だが、そこにいたのは、長い黄金の髪をたなびかせ、木の上から飛び降りてきた、アリスだった。


「ア、アリス。久しぶりだな」

「うん、久しぶり」


 神樹王モクモク戦以来の再会。圧倒的なパワーで無限界層上位ランカーすら、ぶっ倒したアリス。それでも、1日たりとて修行を休んだりしない。


「それ、食べてもいいの?」

「あ、ああ、いいけど、このカレーは敗者の哀愁カレーなんだ。これよりもいいのが洞窟にあるから……あっ」


 アリスは無言で、俺のカレーを奪い、そのまま、流し込むように食べていく。


 ああ、そういえばアリスは俺のカレーが大好物だった。いつも匂いに釣られて、どんな時もやってきてくれたんだ。


「んぐんぐ、どうした? タクミ、泣いてるのか?」

「ち、ちがうよ。汗が、ちょっと汗が目に染みたんだ」


 アリスもいつかあのタクミの所に行ってしまうかもしれない。そんなことを思うと、自然と涙が溢れてくる。


『大丈夫です。私はずっとここにいますよ』


 いや、お前は早く元に戻ってくれ。開いていた鞄のチャックを、そっ、と閉じる。


「ア、アリスはあのタクミに興味はないのか?」

「あのタクミ?」


 あ、そうか、アリスはまだ会っていないのか。


「あのお方は、漫画版の俺だったんだよ。何を言ってるのかわからないとおもうけど」

「なんとなくわかる。作家に会ってるから」


 そうだった。アリスはこの世界が小説版ということを知っているんだ。


「でも、それはタクミのようでもタクミじゃないよ。ワタシの知ってるタクミは、いま目の前にいるタクミだけだから」


 だばー、と涙腺が崩壊したように涙が流れる。それは俺が1番言って欲しかった言葉だったからだ。


「やっぱり泣いてる?」

「ちがうよ、ぐずっ、暑いから、いっぱい汗をかいてるんだよ、ぐずっ」


 どちらかというと肌寒いけど、それ以上アリスは何も言わず、ぽんぽん、と背中を叩いてくれる。


「これからどうするの?」

「山頂のほうに引っ越す。伽羅様を(まつ)ってあった(ほこら)があるから、そこで暮らす」

「じゃあ、ワタシもそこにいく」


 え? 2人きり? そんなまだ心の準備がっ……


『大丈夫です。私もいますよ、タクミ様』


 うん、勝手にチャックを開けないで。


『ああっ、そんなっ、アリス様が食べたカレー鍋を無理矢理鞄に詰め込まないで下さいっ、シミが、カレーのシミが、私の純白にっ!』


 ぐりぐりと鍋を押し込んでいたら、チョビ髭はようやく大人しくなった。


「なあ、アリス。俺は強くなったのかな? 文字の力がなかった頃のほうが、みんながいて、もっともっと強かったのかな?」

「気づいてないの? 宇宙最強の力も文字の力もタクミにはオマケみたいなもの。本当の強さは最初から持っていて、ずっと変わってない」

「それは俺を支えてくれていた仲間たちじゃなかったのか?」


 アリスは、洞窟のほうを一瞥してから、登るべき山の山頂を見つめて答える。


「支えていたのはタクミのほう。それがわかってないから、みんな、偽物に惑わされる」

「え?」


 偽物? いや、あのタクミは漫画版だから偽物というより、もう1人の俺なんだけど……アリスからしたら偽物に見えるのか?


「じゃあ、あのタクミはいったい……」


 鞄の中に入れてきた漫画版の『うちの弟子』を見直そうと、チャックを開ける。

 そこにはカレー鍋と、茶色のシミがついてショックで落ち込んでいる髭シャツしかなく、確かに入れたはずの4冊の漫画は、綺麗サッパリ消えていた。




 

コミックス4巻が2025年12月25日に少年チャンピオンコミックスから発売されました! 小説版とはまた違ったオリジナル展開になりますので、ぜひぜひお手に取ってみて下さい。よろしくお願い致します。

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