三百三十三話 哀愁カレー
「それではこれより、タクミさん対あのタクミさんの料理対決を始めたいと思います」
「ちょ、ちょっと待って。僕、晩御飯の豆乳鍋作ってたんだけど」
「残念ですが厳選な抽選の末、テーマはカレーに決まりました」
うむ、打ち合わせ通り、俺の最も得意な料理だ。くじ引きを引くフリをしているが、カレー以外のテーマは、レイアが抽選箱に手を入れた瞬間にカットされている。
「タクみんの得意なやつでござるよ。抽選怪しいでござるな」
『レイア、ちょっと箱に残ったやつ、見せてみ』
「はい、どうぞ」
逆さまにした箱からは、オムライスやハンバーグ、お好み焼きなどが書かれた紙がヒラヒラと落ちてきた。
「あ、あれ? ちゃんと抽選しているでござるな」
『ほんまに? ヌルハチ、魔法とか使った痕跡あれへん?』
ふふふ、無駄なことだ。レイアのカットは魔法じゃないからな。カレーを引くまでの時間だけ、他をカットすれば証拠も全く残らないのだよ。
『怪しいけど、しゃーないな。ロッちん、あのタッくんに頑張れって伝えてあげて』
「うむ、拙者も断然、あの派でござるよ。汚い手に負けずに頑張ってほしいでござる、あのタクみんっ」
ふ、このまま勝っても、俺が悪役になりそうだ。そう、このままだと、な。
「審査員は、ここにいるロッカとヌルハチとサシャの三人だ。制限時間は2時間、材料はここにあるもの、何を使ってもいい。そして、負けたほうは、この洞窟から出ていくことになる」
『ええっ、なにいうてるんっ! あのタッくん、いなくなったら困るやんかっ!!』
「そうでござるよっ、誰が掃除や洗濯をやるのでござるかっ!?」
俺がやるとばかりに、笑顔で自らに親指を突き立てる。
「ダメよ、タクミは何回言ってもハンガーを首から入れて、襟元を伸ばしてしまうし、干す間隔もせまいから、ちゃんと乾かないのよ」
「そうじゃ、掃除も雑だし、いつもホコリが残っておる。その点、あのタクミはペンキを塗るように丁寧に隅々まで掃除してくれるんじゃ」
「や、やりますぅ。あのタクミがいなくなったら俺もちゃんとやりますぅ」
くそっ。戦う前からサシャとヌルハチにより、かなりのダメージを負ってしまう。
だが、見ていろ。ソッちんから手に入れた秘伝のカレースパイスは俺のポケットにしかない。
あのタクミが、どんなカレーを作ろうと俺のカレーに敵うはずが……
「あ、あの、カレー出来ました」
「へ?」
勝負が始まって、まだ5分も経っていない。
なのに、なんで、あのタクミのカレーが出来ているんだっ!?
「み、緑のカレーっ! これは、緑一色カレーでござるかっ!?」
怖っ! 食べたら植物になっちゃうのっ!?
「こ、これ、食べれるのでござるか?」
「うん、大丈夫だよ、ここにある材料しか使ってないから」
「そ、そうでござるか。では、一口……」
おそるおそる不気味なカレーを口にする、チャレンジャーロッカ。
「う、うまいでござるよっ! なんでござるかっ! このエスニックな味わいはっ!!」
「ええっ! 美味しいのっ!?」
そんなバカな、と思わず、ロッカが食べた緑のカレーを、ヒョイと一口味見する。こ、これはっ!!
「豆乳鍋に何かを入れたのかっ!?」
「うん、グリーンカレーのペーストがあったから、作りかけの豆乳鍋に使ってみたんだ。本来のグリーンカレーはココナッツで作るけど、豆乳なら代用できると思ったんだよ」
こ、こいつ、どこでそんな知識をっ!? だいたいそのペーストだって、現実世界から持ってきたけど、なんか気持ち悪いので一度も使わず封印していたやつだ。
「もしかして、俺よりカレーに精通しているのかっ」
「なんとなくだよ、作ってる間にこうしたらこんな味になるかなぁ、って感覚が思い浮かぶんだ」
「絶対舌感っ!?」
しかも瞬時に豆乳とカレーを合体する発想と応用力。現実世界にしかないカレーの知識。無駄になるはずだった食材を余すことなく使う心遣い。どれをとっても超一流だ。
「だが、俺の秘伝のスパイスだって負けていない。極タクミカレーの威力を思い知るがいいっ」
「いやぁ、うまいでござる、おかわりでござるっ」
「うむ、いままで食べたことのないカレーじゃ。次は大盛りで頼む」
「あ、私もおかわりお願いしていい? 辛いのにいくらでも食べれるわ。豆乳が絶妙にマイルドな味に仕上げているのね」
「ちょ、ちょっと待って。俺のカレーの前にそんなに食べないで。お腹いっぱいになっちゃうだろっ!!」
聞こえてない。みんなグリーンカレーに夢中で俺の声が届かない。
「タクミさん、私も、その、あっちのカレー食べてもいいですか?」
唯一の味方まで離れていく。
「ま、負けない。俺のカレーは絶対に負けないんだっ」
高速の速さで、人参や芋を剥いていく。とっておきの現実米を飯盒で炊き、玉ねぎを飴色になるまで炒める。そこに秘伝のスパイスを混ぜて……
『タッくん、タッくん』
「なにっ!? いま忙しいっ!!」
『みんな、もう、ご馳走様して、帰ってしもたで』
そして誰も食べてくれない哀愁カレーが完成した。
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