三十六話 タクミポイント
のどかな日常が戻ってきた。
本当は完全には戻ってないのだが良しとしよう。
たとえ見せかけといえど、今の状況は決して悪くは無い。
レイアが来てから、大武会終了までの日々は、あまりにも過酷だった。
もう二度とあのようなことに巻き込まれないよう、祈りを捧げる。
あとは願うしかなかった。
皆がタクミポイントをたくさん獲得しないことを。
「いや、挨拶をしに来ただけなのだが、まさか、それにもポイントがいるのか」
クロエが洞窟前にやって来ていた。
「当然です。タクミさんとの挨拶は、5タクミポイントが必要になっています」
レイアがクロエに厳しく説明している。
「むぅ、ちなみに今、我は何ポイントだ?」
「現在4タクミポイントです」
「前から2ポイントしか増えてないではないかっ。洞窟前の雑草刈りはたったの2ポイントなのかっ」
「はい、範囲によってタクミポイントは変動します。25メートル四方で1タクミポイントです」
すごいぼったくり感だな、タクミポイント。
だが、それぐらいでないと気が休まらない。
「ちなみにタクミ殿と結婚は何ポイントだったかな?」
「56億7千タクミポイントです」
「世界中の雑草を刈っても、そんなにたまらんわっ!」
たまってもらっては困る。
その為のタクミポイント制度だ。
「ちなみに結婚した後の子作りは、108億タクミポイントになります」
「結婚してもポイント制なんっ!?」
「当然です」
恐るべきタクミポイント。
クロエも思わずドラゴン弁が出てしまっている。
これなら当分の間、いやもしかしたら生涯のんびりと暮らしていけるかもしれない。
この制度を考え出したアリスに感謝するべきなのか。
「これ、タクミ殿に貢献できることをしたらポイント貯まるんやんな? もっとこう、一気にポイント稼げるやつはないんか?」
「通常のものは最高でも100ポイントですね。裏チャレンジなら100億タクミポイントのものがありますが、挑戦しますか?」
なんだ、そのインフレ。
いきなり、崩壊しそうになるタクミポイント制度。
「おおっ、そんなんあるんかっ! やるに決まってるやんっ!」
「それではアリス様に連絡します。タクミポイント裏チャレンジ 【人類最強を倒せ】の依頼を承りました。六十分以内にアリス様を倒せば100億タクミポイントです」
クロエが大きく口を開けたまま固まった。
崩壊していなかったタクミポイント制度。
そのチャレンジをクリアできるものは、この世界に存在しない。
「きょ、今日のところは勘弁したるわっ!」
がっかりと肩を落として帰っていくクロエ。
ちょっと可愛そうだが仕方がない。
これまでのようになにもかも放っておいたら、また大事件に発展してしまう。
「レイア、そろそろ稲刈りに行こうと思うのだが……」
「ああ、タクミさん。それなら早朝にミアキス殿が刈り終わりました」
「え、そうなのか」
「はい、3タクミポイント分の働きでした。ちなみにミアキス殿のポイントはすべて魔王殿に加算されるそうです」
そういえば大武会の時、ミアキスは大失態を犯していた。
アリスが試合に乱入してきた時のことを思い出す。
四神柱の結界はアリスにより破壊され、大武会は大混乱となった。
「さて、一対一では到底敵わないが、全員でかかればどうだろうな、四天王(ドグマ以外)っ!」
魔王の号令で四天王(ドグマ以外)が集結する。
もはや、四神柱は作動しない。
完全にアリスに壊されてしまったようだ。
アリスはまるで何も起こっていないかのように、ただ無言で俺を見つめていた。
心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
幼女の時のアリスとはなにもかも違っていた。
直視できずに、俺は目線を逸らしてしまう。
「これより、アリスとの戦闘を開始するっ!」
「「「はっ」」」
魔王の前に獣人王ミアキス、吸血王カミラ、闇王アザートスが並んで跪く。
「また、魔王様と戦えること光栄に思いますにゃ」
ミアキスが魔王に一礼した時だった。
「どうも、糞ビッチです」
ミアキスがだらだらと大粒の汗を流す。
はっ! 一緒に謝りに行く約束をしていたが、間に合わなかった。申し訳ない。
「きっとミアキスはこんな糞ビッチの為には本気で戦ってくれないのだろうな」
「そ、そんなことないですにゃ。全力でやらせていただきますにゃっ!!」
「糞ビッチの為に?」
「はいにゃ! 糞ビッチの為にっ……はっ!」
見つめ合う二人。
気まずい沈黙が流れる。
もはやミアキスは滝のように流れる汗で全身ビショビショになっていた。
「ち、ちがうにゃっ! 魔王様がキスなんてするイメージがなかったにゃっ! 吾輩達以外、まともに会話できないコミュ症だと思っていたにゃっ!」
ミアキスが火に油を注いでいるが、自分では気づいていない。魔王が冷たい瞳でミアキスを見降ろしている。
「ミアキス」
「はいにゃっ、魔王様っ」
「まずは敵がどのくらい強いか、知っておきたいところだな」
「はいにゃ、以前四天王(ドグマ含む)全員でアリスに挑んだことがありますにゃ。その時の戦闘データを……」
魔王がゆっくり首を振る。
「ちがう。今、この目で見たいのだよ、ミアキス。余はコミュ症なので会話が苦手なのだ」
「はにゃっ!?」
ようやく、さらなる失態に気づいたようだ。
助けを求めているのか、ミアキスは泳いだ目で右と左に並ぶカミラとアザートスを見る。二人ともミアキスと視線を合わさずそっぽを向いた。
「わ、わかりましたにゃっ!」
覚悟を決めたのか、ミアキスは立ち上がり宣言する。
「ミアキスっ、突撃しますにゃああああっ!」
後に伝説として語り継がれるアリス大戦の火蓋はこうして切って落とされた。
大武会が終わった後もミアキスは、毎日朝から晩まで、タクミポイントを稼ぎ、魔王に貢献している。
魔王がここに来たら、許してやってほしいと言うつもりだが、あれから魔王が俺の前に現れることはなかった。
また何か水面下で企んでいるのではないかと少し不安になる。
そして、アリスもだ。
彼女も同じく大武会以降会っていない。
「なあ、レイア」
俺は思わず聞いてしまう。
「あれからアリスは何をしているんだ?」
「修行です。大武会でタクミさんを間近で見て、まだまだ自分が未熟だとわかった。そう仰っていました」
どこをどう見てそう仰ったのだろうか。
「きっとアリス様はタクミさんに並び立つまで、誰にもタクミさんに近づいて欲しくない。その想いから、タクミポイント制度を作ったのですね」
それなら、何故、レイアは俺の側にいることが許されているのか?
アリスはレイアに、レイアはアリスに、一体どういう想いを抱いていているのか。
それは、大武会で再会を果たした二人を見てもわからなかった。
ただレイアは……
四神柱の結界が破壊され、四天王(ドグマ以外)が乱入する。
一回戦を勝ち上がった中で、舞台に上がっていないのはレイアだけになった。
結界が壊れる前、魔王が俺に近づいた時、一番最初に舞台に突撃したのはレイアだった。
だが、レイアは結界が壊れても、そこに上がろうとはしなかった。
「レイア、みんな舞台に上がっとるっ! 行かへんのかっ!」
クロエの呼びかけに、レイアは舞台を、いや、アリスのほうをじっ、と見る。
「アリス様が来られました。……私はもう何も出来ません」
「何言うてるんっ。タクミ殿取られていいんかっ」
レイアはアリスから目を逸らし、下を向く。
その表情はわからない。
ただその身体は震えているように見えた。
「……私は所詮、アリス様の…… なのです」
最後の言葉は小さ過ぎて聞こえなかった。
そして、レイアはこのまま最後まで、アリス大戦には参加しなかったのだ。
「ど、どうしました? タクミさん」
「い、いや、なんでもない」
慌てて視線を逸らす。
あの時、レイアが何を言ったのか。
なんだか聞いてはいけない事のような気がして、俺は聞くことが出来なかった。
いつか、レイアの口から言ってくれるまで待っていよう。
しばらくは最初の頃のように、二人でのどかな生活を送っていけるだろう。
そんなふうに俺は甘い考えを抱いていた。
この時は予想もしていなかったのだ。
わずか1カ月で、100億タクミポイントを稼ぎ出す者が現れるということを……