三百二十三話 穴動説
「どうしてこうなった?」
ロッカが帰って来たのは夜もふけ、辺りが暗くなってからだった。
あまりに遅いから迎えに行こうとした矢先に、洞窟の外で物音がした。
ようやく帰ってきたか、と外に出た途端、軽く卒倒しそうになった。
「た、ただいまでござる」
目を合わせずにロッカがそう言った。
とんでもないことになったと思っているようだ。
「お、おかえり」
なんとか、そう言いながら目をこすって、改めて状況を確認する。
ああ、やっぱりまぼろしじゃない。
なかなか現実を受け入れられない。
「な、なんで頭に魔剣カルナが刺さってるの?」
「話せば長くなるのでござるが、聞きたいでござるか?」
激しくコクコクと頭を上下に揺らす。
妹の呼びかけならカルナも少しは反応するかもしれないと思ってクロエの所に連れていってもらったはずが、なんでこんなことになっているのか。
というか頭、大丈夫なの? 死なないの?
「クロエ殿が黒龍の王様をやってるエメラルド鉱山の鍾乳洞につくと、カルちんが初めて反応したのでござるよ」
うん、そこまでは言いつけ通りに事が運んでいる。カルナが反応したのも良い傾向だ。
『クウちゃん』
「お久しぶりです、カル姉」
ロッカの思考がダイレクトに頭に伝わってくる。
まるで、今、目の前でそれが起こっているように。
これはロッカの魔法か? いや、俺が以前、ロッカのおでこに穴を開けてから、色んなチャンネルが繋がっているみたいだ。
「立派な魔剣がヘニョヘニョに曲がってますよ、何があったのですか?」
『タッくんが、タッくんがめちゃくちゃ浮気してるねん』
し、してないよっ、俺、めちゃくちゃ潔白だよっ!
「かわいそうにカル姉、そんなになるまで傷ついて。ほとぼりが冷めるまで、ここでゆっくりしていって下さい」
『あ、ありがとうな、クウちゃん、でもタッくんをそのままにしとかれへんねん。このままほっといたら、あの白い剣とあんなことやこんなことを……』
しないってっ! 俺、剣と何するのっ!?
「大丈夫、カル姉が休んでいる間、代わりに我がタクミ殿の側で監視しています」
『え? ええの? 黒龍の王やのに、忙しいんちゃうの?』
「カル姉のためならへっちゃらです。ちゃんとタクミ殿を改心させてきますからね」
『ク、クウちゃんっ』
うん、いい話だ。悪いこと何もしてない俺が可哀想なことを除けば、すごくいい話だ。
「さあ、それではさっそく参りましょうっ、タクミ殿を懲らしめ、我が姉、魔剣カルナの尊厳と栄誉を回復するためにっ」
「怪しいでござるな」
ロッカの一言でクロエの動きがピタリと止まる。
「なんでタクみんを懲らしめるのに、おめかししているのでござるか? それは向こうの世界で流行っている化粧品でござろう?」
「な、なにをいうかっ。我は黒龍の王ぞ。最低限の身だしなみは必要不可欠なのだっ」
「まつ毛を増量しているのもでござるか?」
「ま、まつ毛は黒龍のたしなみやねん」
ダメだ。言い訳が苦しい上にドラゴ弁が出てしまっている。
『クウちゃん?』
「ちゃ、ちゃうねんっ、カル姉っ、あわよくば黒龍の王をカル姉に任せて、今度はうちがタクミ殿の側にずっといれたらいいなぁ、なんて考えてないねんっ。誤解やねんっ!」
『ク、ウ、ちゃんっ!』
「ひぃ」
いつのまにか、ロッカの手に握られてた魔剣カルナが鞘から飛び出て抜き身になっている。
『怒らへんから正直に言うてみ?』
「ほ、ほんまちゃうねんっ! うち、最近まったく出番ないしっ! そっちは楽しそうやのに、何しょうもないことで拗ねてるねん、とか思ってないねんっ! うちも、ミラクルチャンス回ってきたっ、このままカル姉とポジション入れ替わってレギュラーなったろ、なんて考えてへんからなっ!」
ある意味、正直に全部、暴露した。
『クウちゃんっ!!』
「ちょっ、まってっ! カル姉、めちゃくちゃ強くなってるんやからっ! 暴れんといてっ! いやぁああああっ、鍾乳洞崩れてまうっ!!」
怒りのオーラだけで空気が切り裂かれ、大地が揺れている。やばいな、ミッシュ•マッシュ戦からカルナの力は、桁違いに上がっている。
「カルちんっ、落ち着くでござるよっ! 拙者のまわりを飛び回らないでほしいでござるっ! あっ、危ないでござるっ、スピードが早すぎて目で追えないでござるよっ!!」
「大丈夫や、カル姉っ、ちゃんとやるからっ、ちゃんとタクミ殿落として、ドラゴンの王になってもらうからっ!!」
『ならんでええわっ!!』
興奮したカルナを押さえようと最初に動いたのは、クロエではなく、ロッカだった。
「見切ったでござるっ」
真剣白刃取りの要領で両手のひらに挟もうとしたのだが、カルナもそれを反射的に避けてしまう。
『あっ』
「あっ」
「あっ、でござる」
勢い余った魔剣カルナが、さくっ、とロッカの頭に突き刺さった。
「そ、それでこんなことになっていたのか。と、いうか、それ抜かないの? そもそも痛くないの?」
「あ、これはタクみんが拙者のおでこに開けた穴に収まってるので、外傷はないのでござるよ」
「そ、そうなんだ」
偶然か? おでこに開けた穴が移動してすっぽりと魔剣を収めている。いや、自我を持った穴が瞬間的にロッカを守ったのか?
「でもいくら引っ張っても抜けないのでござるよ。穴と魔剣がくっついてしまったのでござる」
「ええっ、これからカルナは、ずっとロッカの頭にっ!?」
「それも違うのでござるよ、拙者の頭に突き刺さった後、カルちんの魂は魔剣から離れてしまったのでござる」
「へ?」
確かに魔剣カルナから全く力を感じない。
「じゃあ、カルナは一体どこに?」
まるで抜け殻のように、空っぽの剣がロッカの頭に静かに鎮座していた。
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