閑話 アリスとタクミ
アリスと暮らし始めた頃のことは、今も鮮明に覚えている。
毎日がそれはもう命がけだった。
野生のドラゴンを飼う方がまだ幾分マシだっただろう。
その力は近くにいる者を巻き込み壊していく。
「アリス」
「なあに?」
ある日、野営中に巨大な獣に襲われた。
ボボボアと呼ばれる通常のボアよりかなり大きなボアだったが、アリスの一撃で木っ端微塵に砕け散った。
ついでに野営地のテントも吹っ飛んだ。
さらに俺も吹っ飛んで瀕死の重傷を負った。
サシャの回復魔法がなければ危ないところだった。
「アリスは今倒したこのボボボアを全部食べるか?」
「ううん、晩御飯食べたからお腹いっぱい」
アリスはすぐに人の言葉を覚えた。
知能は高く、俺が教えたことはすぐに身に付けていく。
「だったらこんなふうに倒しちゃダメだ。追い払うだけでよかったんだ」
「そうなの?」
「ああ、そうだ。命を奪うという事は、その命を背負って生きていくという事なんだ」
そう言って頭を撫でると、アリスは、ぱあっと花が咲いたように笑う。
「じゃあ一緒に片付けよう。明日、美味しい鍋にしてやる」
「うわぁい」
一つずつゆっくりと、教えていく。
いつか、アリスが普通の人として、この世界で暮らしていけるように。
「天におられる我が父、創造の神よ。地におられる我が母、大精霊よ。数多の命の恩恵を今日も賜ります事を奉謝致します」
朝、ボボボア鍋の前で食前の祈りを捧げる。
「それなぁに?」
「毎日、ご飯が食べれて、嬉しいです、ありがとうってことを感謝の言葉にしているんだ。声に出さなくてもいい。心の中で思うだけでもいいんだ」
「ふぅん」
理解してくれたのか、していないのか。
アリスは俺の真似をして手を合わせてごにょごにょ言っている。
それが終わると俺の方をなぜかキラキラした目で見つめてきた。
このお祈りの言葉が壮大な勘違いの発端になるとは、この時は考えもしなかった。
今、思えばこの時からアリスの勘違いは加速していったのだ。
ヌルハチや皆と共に様々なクエストに挑む中、俺は常にパーティーの足手まといになっていた。
アリスはすぐに俺をただのクソ雑魚と気がついて、呆れ果てると思っていた。
だが、俺の雑魚っぷりを披露するたびに、アリスはさらなる尊敬の眼差しを俺に向けてくる。
「そんな小さいラビを壊さないで捕まえるなんて、すごいね、タクミっ」
俺の精一杯の攻撃は、小型の小動物でさえ、一撃で仕留めれないほど貧弱だった。
「わたしより、大きな力を持っているのに、それをまったく外に出さないで手加減できるなんてっ。本当にすごいよっ」
そんな力は持っていない。
ひどい誤解だが、俺はそのままにすることにした。
アリスは俺を真似して手加減を覚えようとしている。
上手くいけば、その膨大な力をコントロールして、皆と普通に暮らしていけるかもしれない。
そんな風に思ってしまった。
だが、その甘い考えが悲劇を招くことになる。
アリスは手加減を意識するあまり、自分の力を無理矢理抑えつけ始める。
その行き場のなくなった強大な力は、アリスの中にどんどんと蓄積されていく。
そして、事件はアリスと暮らして半年が経った頃に起こった。
手加減を覚えたアリスは、一撃でモンスターを粉砕することがなくなった。
気絶させるようにうまくモンスターを倒し、捕獲の依頼もこなせるようになってきた。
だが、混沌の谷で出会ったそいつは今までのやつとは違っていた。
どうやってそいつが生まれたかはわからない。
ただ、様々なモンスターが融合し、混ざり合ったそいつは、キメラと呼ばれる変異体で、アリスの一撃を喰らっても気絶せず、反撃してきた。
はじめてアリスが油断した。
アリスだけではない。
ヌルハチもリックやサシャやバッツも、そして俺も、パーティー全員がアリスの一撃を過信して油断していた。
キメラの反撃を反射的にかわしたアリス。
だが、その先に間抜けな俺が呆然と突っ立っていた。
ぐしゃ、という音と共に身体がひしゃげた。
何がどうなったかはわからない。
薄れていく意識の中で、やばいことになったことだけがわかった。
「ああアァああぁああアあああっアッっ!!」
アリスが雄叫びのような悲鳴をあげた。
途切れそうだった意識が呼び戻される。
あり得ないほどの力がアリスから噴出していた。
力の暴走が起こった。
アリスの叫び声と共にキメラは一瞬でバラバラに引き裂かれる。
血や肉片が雨のようにアリスに降り注ぐ。
決着がついてもアリスの暴走は止まらなかった。
「やめろっ、アリスっ! サシャはタクミの回復をっ。リックは全員の防御っ。バッツはヌルハチをサポートだっ」
ここまで慌てるヌルハチを見たことがなかった。
それほど、今のアリスは常軌を逸している。
「タクミっ、動かないでっ! 回復がまだっ……」
サシャの制止を振りほどいてアリスのところに歩いて行く。
「近づくなっ。アレはもうどうにもならんっ! ……っっが!!」
俺を止めようとして、間に入ったヌルハチがアリスに吹っ飛ばされる。
バッツの危険察知がまるで間に合わなかった。
アリスは、その莫大な力に支配され、破壊衝動を抑えることが出来なくなっていた。
俺は初めてヌルハチの命令を無視した。
あんな状態のアリスを放っておくわけにはいかなかった。
力を抑えることが出来ていたアリスが、俺が傷ついたことで、あれほどまでに暴走したのだ。
俺は足を引きずりながら、アリスに近づいていく。
不思議と恐怖はなかった。
ああ、そうか。
いつも何かが抜けているような気がしていた。
いくら努力しても、力は身につかない。
まるで、穴の空いた器に水を入れ続けているような、そんな虚しい感覚をいつも抱いていた。
何の為に生まれて来たのか。
このまま何も成さずに死んでいくのか。
そんなことを考えながら、最弱のまま、冒険者に憧れ、ヌルハチやみんなに守られてやって来た。
だが、今はっきりとわかる。
最強の存在がこの世にいるように、最弱の存在がいる。
俺はこの為に、アリスを止める為に生まれて来たんだ。
アリスの全力の拳が俺の眼前に迫る。
避けようとも思わなかった。
いや避けられるはずがなかった。
それは偶然だったのか。奇跡だったのか。
やはり、それは運命だったのだろう。
傷ついた身体が、自分の体重を支えきれなくなり、その場に崩れ落ちる。
アリスの拳は俺の頭の上を擦り抜けるように通過した。
俺はそのまま、ぽん、とアリスの頭に手を置く。
「……タクミ?」
途端に暴走していたアリスが我に返る。
「タクミっ、どうしたのっ!? 血が出てるよっ!?」
記憶が飛んでいるのか、アリスは状況がわかっていないようだった。
「大丈夫だ、アリス」
アリスの頭を撫でる。
「もう心配ない。全部終わったんだ」
バラバラになったキメラ。吹っ飛んで地面にささっているヌルハチ。そして傷だらけの俺をじっと見つめる。
「タクミはすごいね。全力のわたしでもまるで敵わない」
目にいっぱいの涙をためながら、それでもアリスは顔をくしゃくしゃにして、精一杯笑う。
「タクミは宇宙最強だねっ」
俺もアリスの頭を撫でながら、心の底から笑って言った。
「ああ、よくわかったな、その通りだ」
読んで頂いてありがとうございます!
ここまでが書籍版の一巻部分に当たる第一部となります。
書籍版一巻は追加エピソード裏章を多数追加。
タクミ視点では書き切れなかったお話を裏章として、五話ほど追加しており、レイアやアリス、ヌルハチやカルナの前日譚など書き下ろし満載でございます。
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