三百十五話 兄弟喧嘩
「あれ? タクみん、なんでそんな変な格好をしているのでござるか?」
真っ赤なマントで全身を覆い、アザトースの得意技を真似して、顔を真っ黒なシルエットで隠してみた。
「……誰だかわからないようにしたんだけど、バレちゃった?」
「バレバレでござるよ。バレないと思ってるほうがおかしいでござる」
うーん、顔と体型を隠してもわかっちゃうのか。
いや元々ロッカが第六禁魔法だから、そういう気配に敏感なだけかもしれない。
「で、なんでタクみんは、そんなコスプレをしているのでござるか?」
「うん、ちょっとラスボスとしての威厳というか。そういうのが必要になってきたんだ」
「何を言ってるのかわからんでござるが、タクみんはタクみんでござるよ」
うん、そうだね。俺もずっと変わらないままがよかったんだけど、そういうわけにはいかないらしい。
「ありがとな、ロッカ」
「おおぅ、な、なんでござるかっ、タクみんが拙者の頭を優しくポンポンするなんてっ、そんな展開今までになかったでござるよっ、もしや、これは告白っ!? い、いや求婚でござるかっ!?」
うん、ちがうよ。でもまあ全部片付いたら、それもいいかもしれない。ロッカだけじゃなく、他のみんなも誘ってハーレムでも築いてみようか。
「うん、それもちょっとラスボスっぽいな」
「ひ、否定しないのでござるかっ、大丈夫でござるかっ!? 結婚式は北方式でござるか? 東方式でござるか?」
「全部でいいよ。いっぱいするから」
「へ?」
興奮しているロッカを残して山頂へと歩いていく。
最初、この山に来た時はまさか自分がラスボスになるなんて夢にも思わなかった。
「……それどころか、初日にビックベアに襲われて装備全部無くして死にかけたよな」
大きな岩の祭壇に到着してあの頃を思い出す。
ここに果物や新鮮な肉の貢物がなければ、俺はこの山で生きてはいけなかっただろう。
『また朕のご飯を盗み喰いに来たのかな?』
15年前の時のように、貢物は並んでいない。
そこには出会った時と同じ姿をした、犬神伽羅様がちょこん、と鎮座している。
「やっぱり、あれは偶然じゃなかった。伽羅様が助けてくれたんだね。最弱だった俺を」
『ボクはタクミのお兄ちゃんだからね』
「それも後付けだよね。『彼女』のペットになったのは、俺が主人公になると思ってたからじゃないの?」
伽羅様は答えない。
蒼穹天井で再会した時と同じように、突然、普通の小型犬のフリをし始めた。
アリスが『彼女』に放った宇宙最強の力を簡単に無効にした能力。今から思えばそんなもの、超高次元の存在でなければ使えるはずがない。※1
「伽羅様は、どのくらい上の界層からここに来たの?」
『……』
「あとで新鮮な生レバーを持ってくるよ」
『1番上。でも、そんな世界はもう存在しないんだ』
界層はそれこそ無限に増えていく。アザトースがゲームの世界を作ったように、俺がタクミワールドを作ったように、でも、どんな世界にも、いつか終わりがやってくる。
『似てたんだ。ママがいた世界となくなったボクの世界が。ボクがあの家に来てタクミのお兄ちゃんになったのはタクミが主人公になるからじゃない。ただ故郷が懐かしくて愛しかっただけだよ』
恐らく伽羅様は無限界層で最強の存在。その役割は俺が最弱だった頃のアリスのようなものだ。そして『あのお方』は……
『心配しなくていいよ、タクミは戦わない。トーナメントで優勝するには、ボクに勝たないといけないからね』
「俺は伽羅様に勝てない?」
『ボクはお兄ちゃんだからね』
岩の祭壇に仕掛けた「爆」の文字が全部不発に終わっている。文字の力自体がキャンセルされているのか。ミッシュ•マッシュの体内で戦っていた時みたいに文字の力が無効になってしまうなら確かに勝ち目はない。※2
『降参するなら今のうちだよ。タクミが勝つ確率はゼロに近いから』
「いいよ、たまには兄弟喧嘩もしなくちゃね」
『じゃあ、これは返しておくね』
わふんっ、と伽羅様が可愛く鳴いた。同時に時間が止まっていたように固まっていた「爆」の文字たちが、蘇ったかのように、カッ、と輝く。
「やってくれたな、お兄ちゃん」
爆炎の中、シッポを振りながら帰っていく、ぷりぷりのお尻を見ながら、ゆっくりと意識が途絶えていった。
※1 アリスが『彼女』に宇宙最強の力を使ったエピソードは、「第六部 終章 二百八話 ママ」に、伽羅様が宇宙最強の力を無効にするエピソードは、「第六部 終章 二百九話 エンドロール」に載ってます。よければご覧になってみて下さい。
※2 ミッシュ•マッシュがタクミの文字の力を使えなくするエピソードは、「第九部 三章 二百九十六話 悟空の気持ち』の後半に載ってます。よければご覧になってみて下さい。




