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三十五話 動き出した始まり

 

「タクミ」


 ヌルハチはまるで俺を守るように魔王と俺の間に立っていた。


「ヌルハチは二度とタクミを離さない」


 その言葉は俺と魔王、二人に言ったように聞こえた。

 ヌルハチは振り返らず、魔王と対峙している。



 クロエとカルナが入れ替わった時に、不正を感知した四神柱白虎は反応しなかった。

 転移の鈴を使ったヌルハチの召喚は、俺の武器として認められたのか。


 魔王が静かにゆっくりとヌルハチに近づく。


「今度は二人きりにはさせてはくれないようだな」

「ああ、悪いがタクミは渡せない」


 ヌルハチの周りにレイアと戦った時に使った光の玉が出現した。

 だが、それは一つではなかった。

 五つの波動球が、くるくるとヌルハチの身体の周りを円を描いて飛んでいる。


「ハハッ、先程までの枯渇した魔力と打って変わって、満ち足りておるではないか」

残穢(ざんえ)。ここにありえないほどの魔力が残っていた。不発に終わり、使われることのなかった魔力がな」


 バルバロイが俺の力を吸おうとした暗黒(ダーク)吸収陣(ドレインサークル)の魔力か。

 厄介ごとばかり持ってきたバルバロイだが、最後に恰好の魔力を残してくれた。



「最後に聞く。タクミから手を引く気はないのか?」

「……ヌルハチ。お前には感謝している。あの花がなければ余は(とお)に壊れていただろう」


 魔王の足元を中心に青いバラ(ブルーローズ)が現れ、闘技場一面に咲き乱れる。


「あれで良かったのだ。あのまま、アリスが救われていたなら余は何もしなかった。いや、それはヌルハチでも良かったのだ。だが、どうだ? その男は二人を捨て、山で一人暮らしを始めた」

「違う。タクミは……」

「わかっている。ヌルハチがそう仕向けた事も。あの山に結界を張り、あの男を見守っていたことも。全部知っている。ヌルハチはアリスも、余も、そして自分自身の夢もすべて捨てたのだろう」


 あの時、俺がパーティーから追放されたのは、ヌルハチが仕組んでいたのか?

 そして、俺を探せなかったのではなく、ずっと見守っていたのか?


「すべてを捨て望んだもの、それはその男の幸せか。そこにヌルハチの幸せはあるのか?」

「……それ以上は言わなくてよい」


 ヌルハチが力を溜めているのがわかった。


 ヌルハチの周りを浮遊していた五つの光の玉が収縮し、一つの巨大な玉となる。


 一目見て、ヤバイ技だと感じる。

 辺りの空気が一変し、とてつもない力がいまにも爆発しそうなほどに膨れ上がっていく。


「いや、言わせてもらうぞ、ヌルハチ。それは好きな者に告白できず、遠くから見ているだけのただの乙女だ。そのようなことをしているから……」

「言うなというておろうがっ!」


 ヌルハチが限界まで膨れ上がった巨大な光の玉を魔王に向けて放つ。


 唸りをあげながら、凄まじい勢いで飛んでくる光の玉を魔王は避けようとせず、微動だにしなかった。


「波動球・煉獄(れんごく)

「亜空間・(きわみ)


 ヌルハチと魔王が同時に呟いた。


 巨大な光の玉が魔王に当たる寸前に、その目の前に黒い穴がぱっくりと開き、そこに光の玉が吸収されるように吸い込まれていく。


 だが、巨大な光の玉が完全に吸収される寸前、ヌルハチがそこに向けて、さらに小さい光の玉を撃ち込んだ。

 指先から出した小さな光の玉は、まるでピストルの弾丸のように高速回転しながら、巨大な光を撃ち抜いた。


「ばんっ」


 凝縮された光が弾け、大爆発を巻き起こした。

 辺り一面が光の渦に包まれる。


 目が眩むほどのまぶしい光の中、微かに魔王の姿が見える。

 徐々に光が薄れていく。

 まるで何事も無かったように、無傷の魔王がそこに立っていた。

 信じられないことに、周りに咲いているブルーローズまでも、すべてそのままの形で残っている。

 魔王は自分だけではなく、あの爆発から花まで守っていたのか。


「花をずっと見ていたんだ。余の夢はアリスとヌルハチに託し、あのダンジョンでそれを見守る。それだけで良いと思っていた」


 ヌルハチが、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 予想外だったのだ。

 本体でない魔王の力がここまでとは思わなかったのだろう。


「なのになんだ? この十年間。二人ともただ見ているだけでなんの進展もない。なんだ? 一体何をしているのだ? 挙げ句の果てにアリスにいたっては、あんなものまで送りつける」


 魔王の視線の先、そこには観客席で座るレイアがいた。

 まるで、汚物を見るような目でレイアを睨んでいる。


 そして、隣に座っているはずのチハルの姿はそこにはなかった。


「いらないのなら、余が頂く。お主らは指を咥えて見ておればよいっ」

「違うっ、ヌルハチは、ヌルハチにはタクミが必要だっ」

「それは何だ。保護者か。あの男を見守って、やがて誰かが持っていくのを、嬉しそうに眺めているのか?」

「違うっっっ!」


 その叫びは、慟哭のように響き渡り、ヌルハチは俺の方を一瞬だけ振り向いた。


「言ってみろ。今度は誤魔化しではなく、お主の、ヌルハチの気持ちを叫んでみろっ」


 十年ぶりに再会した時にヌルハチが言っていた言葉を思い出す。



『言ったではないか。ヌルハチはもう二度とタクミを離さない、と』


『そのままの意味だ。いつ如何なる時も、タクミとヌルハチは離れず側におるという意味だ』


『ははっ、モテモテだな、タクミ。構わぬぞ、ヌルハチは別に嫁が何人いようと気にしない。よし、後でこの洞窟を改装してやろう。寝室は特に大きくしてやる』



 ヌルハチは、俺を家族のように見ていてくれた。

 ずっと、そうだと思っていた。



「ヌルハチはタクミを愛している」


 観客席が静寂に包まれる。


「なんだ、言えるじゃないか」


 静かに祈るように魔王が目を閉じる。

 まさか、魔王の目的はヌルハチにこのセリフを言わせる為のものだったのか?

 いや、違う。ヌルハチがこの戦いに参加することは予定調和では無かったはずだ。


「これでやっと始められる」


 魔王が閉じた目をかっ、と見開いた。

 その魔王を中心に真っ黒で巨大な穴が広がっていく。


「これはっ!?」


 そこにヌルハチも、闘技場を染めた青いバラも、全てが飲み込まれていく。


「再現されるのだよ。十年前の、あの時がな」


 巨大な穴に吸い込まれていくヌルハチを置いて、魔王がゆっくりと俺に近づいてくる。


「いまから、あなたのすべてを奪わせてもらう」


 ぶつんっ、と何かが切れるような音が闘技場の外から聞こえてきた。


「タクミさんに、触るなっ!」


 レイアだ。

 何の神を降ろしたのか。

 その身体が張り裂けんばかりに膨れ上がり、切れた血管から血が吹き出ていた。


「うわああああああぁああぁ!!」


 レイアが刀を抜いて、闘技場に突進する。

 何も考えずに向かったのだろう。


 闘技場の前で、がいんっ、と見えない何かにレイアは弾き飛ばされた。


「四神柱の結界だ。それを破ることができる者など…… この世に一人しか存在しない」


 急にあたりが暗闇に包まれた。

 太陽の光が何かに遮られたのか。


「来たか」


 魔王が笑みを浮かべて、上空を見上げる。

 そこに、信じられないほどの巨大なドラゴンが旋回していた。


「じ、じいちゃんっ!?」


 クロエの声を聞き、改めてそのドラゴンを見る。

 でかい。クロエのドラゴン形態の、ゆうに十倍はでかい。

 黄金の鱗を纏った、そのドラゴンは闘技場の真上で空中停止する。


 あれが古代龍(エンシェントドラゴン)か。

 よく、アリスはあんな馬鹿デカいドラゴンを倒したな、と感心して見ていると、その頭に人影が見えた。


「これで、役者はすべて出揃った」


 魔王がそう呟いたと同時に、古代龍からその人影が飛び降りた。


 長い金髪が風に揺れる。


 とん、と空中でその足が四神柱による結界に触れる。


 まるで、ガラス細工のようにパリンっ、と音を立て、結界は粉々に砕け散った。


 四神柱の結界がまるで雪の結晶のようにパラパラと俺達に降り注ぐ。


 幻想的な光景の中、そこに舞い降りた人物はまるで天使のように見え、俺はその姿に目を奪われていた。


 うちの弟子がいつのまにか人類最強になっていて、なんの才能もない師匠の俺が、それを超える宇宙最強に誤認定されたその原因。


 ついにアリスがやって来た。


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