三百十一話 カッチーン
はしる。
ただひたすらに走っている。
流れる汗もそのままに、風を切るように走っていく。
「ふぅ、朝から走るのは気持ちいいな」
文字の力に頼りすぎて、自ら運動することはほとんどなくなっていた。だらしなくたるんでいた下腹は、ここ数日で随分とマシになってきた気がする。
「よし、今日は朝ご飯までにもうひと走りしてみようか」
「タクみん、走る目的忘れてないでござるか?」
突然、ロッカに話しかけられて、びくん、となる。
いつのまに背後にいたんだろうか。まったく気配を感じなかったが……
「そんなことはないぞ。ちゃんと健康とダイエットのために……」
「スピード狂と戦うためではなかったのでござるか!」
「あっ」
走るのが気持ち良くて完全に忘れていた。
そういえば、最初は少しでも基礎スピードをあげるために走っていたんだった。
「うん、まあ、当初の目標は達成してたんだよ。けっこう早く走れるようになったから、そこそこはついていけるはずだよ。スピード狂の速さに」
「100メートル何秒でござるか?」
「……に、20秒ぐら……」
「全くついていけてないでごさるよっ!!」
う、うん、ちょっとそんな気はしてたんだけどね。
「ま、まあ、そこから文字の力使うから。もうすごいことになるはずだよ。生まれ変わった俺を見てほしい」
「生まれ変わる前に試合おわっちゃうでござるよっ!」
「そんなことないよっ、前は全力で100メートルも走れなかったからねっ」
ロッカが頭を抱えている。
だ、大丈夫だよ。俺、けっこう頑張ったから。
「はぁ、やっぱり拙者たちが、全力でフォローしないといけないでござるな」
「え? ロッカたち、何かしてるの?」
「内緒でござるよ。でも拙者たちが活躍したら、ちゃんとご褒美は貰うでござるから、覚悟しておいてほしいでござる」
な、なんだろうか。ちょっと不穏な空気を感じてしまう。でも、スピード狂の攻略方法が思いつかない今、ロッカたちが活躍してくれるなら大助かりだ。
「わかった。俺にできるご褒美なら、なんでもするよ」
「タクみんは何もしなくていいでごさるよ。ご褒美は気づかないうちに貰っとくでござるから」
「???」
何を言っているのかわからないが、まあ大したことではないだろう。だいたい俺が人にあげれるものなんて、たかが知れている。美味しい料理を振る舞うくらいで精一杯だ。
「あれ? そういえば、預けていたカルナが見当たらないけど、まだ寝てるのか?」
「カルちんは特訓中でござるよ。本当は拙者が先にマスターしたかったのでござるが、ジャンケンに負けたのでござる」
「特訓? ミッシュ•マッシュに改造されて、かなり強くなってるのに?」
神樹王には通じなかったが、今やカルナの実力は無限界層ランキングにも入るくらいだぞ。
「強さだけでは勝てない敵もいるでござるよ。タクみんは最強でござるが、トーナメント苦戦しているでござろう?」
「うっ、た、たしかに」
色々作戦を立てているが、どれも手こずっている。トーナメントが始まる前、勘違いで倒していた時のほうがサクサク勝てていた気がする。
「今回はもう作戦は拙者たちに任せて大丈夫でござるよ」
「そ、そう? そんなに自信満々なら任せてみようかな」
俺も走るほうに集中できるし、頑張ってもらおうかな。
『あっかーーーんっ』
「へ? カ、カルナっ!?」
さっきまでいなかったはずのカルナが突然現れる。いや、現れたというより、いきなりロッカの手の中にすっぽりと収まっていた。
「カルちんっ、どうしたのでござるかっ」
『特訓中に失敗してしもたっ、皇后止まったまま動かへんっ』
「ええっ、解除できないのでござるかっ」
『そこを覚えるまえに失敗してんっ』
失敗? それって作戦に関わる特訓がダメになったってこと?
「と、とりあえず、様子を見るでござるよ。少ししたら戻るかもしれないでござろ?」
『そういう感じちゃうねん。もうカッチーンてなってて、たぶん何億年ほっといても、そのままやで』
え? 誰が? 皇后が? 皇后って誰だっけ?
「え、えっと……作戦失敗な感じ?」
「だ、大丈夫でござるよっ、カルちんと2人なら、どんな試練も乗り越えて……あ、あれ? カルちん? カルちんっ!? ああっ、カッチーンってなってるでござるっ!!」
カルナは剣だから元からカチンカチンだよ? と言いたかったけど、それはどう見てもいつも以上にカチンカチンのカルナだった。




