三百八話 ずずず
『タ、タッくん、ほんまにうち、アレと戦うん?』
う、うん、そうなんだけどね。
なんというか……そ、想像以上にデカすぎる。
大気圏を超えて伸び続ける神樹王モクモク。
俺たちが見ているのは、そのわずかな根元だけ。それでも、それは俺たちが住む世界全体より遥かにでかいのだ。
「と、とりあえず、やってみて」
『もうヤケクソやっ!! うりゃあああああああっ!!!』
ミッシュ•マッシュ戦で得た大改造バージョンアップ魔剣カルナの力が全解放される。
無限界層上位ランカーに引けを取らない、凄まじい攻撃力。
禁魔法やアリスの一撃をも凌駕する爆発的エネルギーが、タクミワールドを揺らしながら、神樹王モクモクに激突する。
『ま、まだまだいくでっ!!』
連撃。巨大なエネルギーが巨大な樹木に次々とぶつかっていく。
も、もしかしたらイケるんじゃないか?
そんな甘い幻想を、一瞬でも抱いてしまったことを後悔する。
『はぁはぁはぁ、ど、どないやっ』
表層。ほんの樹皮でさえ、ダメージが伝わってない。
むしろ、いらない枝にわざとダメージを与えて、うまく植木を剪定しているようにも見える。
カルナの攻撃を喰らう前より、スッキリとしたモクモクが、散髪を終えた後みたいな爽やかさを伴って聳え立つ。
『タッくん、うち、泣いてもいい?』
強さの次元がまるで違う。
文字の力が通じなければお話にならない。
「レ、レイアさん、何度も悪いんだけど、アレ、丸ごとカットできない?」
「すいません、タクミさん。距離や時間や必殺技ならカットできるのですが、主要登場人物など、物語が根底から変わってしまう事象はカットできないんです」
そ、そうだよね。なんでもカットできたら、それこそ無敵の能力だよね。
「だ、だったらもう一度、距離戻してくれない? 作戦を思いつくまで一旦離れたいんだけど……」
「ごめんなさい。一度カットしてしまったら、私にはどうしようも……」
「…………」
ヤバい。ヤバすぎる。もしかして俺は余計なピンチを招いてしまったのか?
「タ、タクみん、拙者たち、怪しまれているでござるよっ、どうするでござるかっ!?」
神樹王モクモクの根っこが獲物を探す肉食動物のように、ゆっくり徘徊するようにうねり出す。
や、ヤバいっ、もっと緑になりきらなくてはっ!!
ずずっ
「ん? ロッカ、何か聞こえなかったか?」
「聞こえないでござる。拙者、植物でござるから」
うん、その心意気は素晴らしいけど、今はちょっと耳を傾けて。
ずずずっ
「やっぱり聞こえてくるっ、何かを引きずってる音だっ」
それはあまりにも大きすぎて、視界に入っていたのに気づかなかった。
数えきれないほどの無数の根っこが、じわじわと俺たちのいるタクミワールドに近づいて来ている。
『え? なにあれ? 根っこの塊?』
「違うっ、誰かがモクモクの根っこに巻きつかれながら、それでも強引に引きずってるんだっ!」
ずずずずずっ
一直線に。真っ直ぐに。ただひたすらに、それはこっちに向かってくる。
「アリスっ!!」
神樹王の根っこに巻き込まれたら、もう終わりだと思っていた。
俺が連れてこれたのは、ロッカとカルナと洞窟だけで、他のみんなは助からないと思っていた。
だけど、アリスはそんな常識などお構いなしに、大量の根っこと共に一歩一歩、確実に向かってくる。
オォオオオオォオオオオォオオオンっ、と神樹王がその根を揺らして咆哮をあげた。
【鏖】の文字が樹木から溢れ、まるでそれ自体が生き物のように禍々しく蠢いている。
完全に取り込んだはずの獲物が、平気で歩いてきていることに、緑の王が怒っているのか。
ビキビキと神樹王の根っこに、青筋のようなものが走り、全力でアリスを拘束しようとしている。
「……参る」
それでもアリスの進行は止まらない。
全世界、全宇宙、全界層を覆うような大量の根っこに囚われても、確実にその歩を進めていく。
どんっっっ、という地響きと共に、アリスが最後の一歩を踏み込んだ。
絡みついていた根っこが、爆発したように弾け飛ぶ。
アリスの力を見誤っていた。
ミッシュ•マッシュに改造されたカルナや文字の力を使った俺のほうが上だと思っていた。
でもそれは過去のアリスで今のアリスじゃない。
彼女は、今も現在進行形で、常に過酷な修行を己に課して強くなっていたんだ。
「推して参る」
ただただ全力の拳を巨大な樹木に叩き込む。
全宇宙に届くような轟音と共に、神樹王モクモクは根元から豪快にへし折れた。