三百七話 シカキン
「みーどーりー……はっ!? ヤバいヤバい」
ロッカの緑一色で植物にしてもらったが、なんとか意識だけは保っている。
緑になる寸前に「人」の文字を書き込んでおいた。
「こ、こんなので大丈夫なのでござるか?」
「しっ、喋っちゃダメだ、ロッカ。完全に植物になってないのがバレたら襲ってくるぞ」
ロッカには俺が緑一色をかけて、同じように文字を書き込んでおいた。
2人とも植物でありながら、人の意識を併せ持つ新人類、いや緑人になっている。
キョロキョロ、とタクミワールドに入ってきた神樹王モクモクの根っこが俺たちを探していた。
このままやり過ごすことが出来たら、後でゆっくりと作戦を……
『タ、タッくん、うちのこと忘れてない?』
「あ」
し、しまった。あまりの緊急事態にすっかりカルナのことを忘れて……いや、ちがうぞ、俺と一緒に植物になると思っていたんだ。
まさか、禁魔法が効かなかったのか?
「魔剣は人間と認識されなかったので植物にできなかったでござるよ。でも、侵入してきた根っこも、カルちんを素通りしているでござる」
「ほ、ほんとだ」
頑張ったらカルナ単体で、ある程度モクモクの数を減らせるんじゃなかろうか。
いや、減らしてもまた増えるだけで意味がない。
どうにか、本体まで辿り着かないと、この事態は収集できないだろう。
「いまは、じっ、として様子を見るんだ。絶対にチャンスは回ってくる」
『わ、わかった、タッくん』
うん、本当はまったく自信がない。
このまま、様子を見ていても、何も変わらない気がする。それどころか……
「タ、タクみん、ツタが、根元からツタがからまってきているでござるよ」
「う、うごかないで。もっと植物の気持ちになって」
モクモクめっちゃ疑ってる。
俺のほうにも根を伸ばし、触診するようにさわさわと撫でてくる。
「く、くすぐったいでござるっ、拙者、首筋のあたりが性感帯でござるっ」
「お、落ち着け、ロッカ。今は植物だ。首筋なんて存在しない。そこはただの茎の部分だ」
人間部分を残し過ぎたか。
もっと植物に近づける?
いや、俺を植物から解除できるのは、禁魔法をかけたロッカだけだ。
加減を間違えれば、俺たちはお互いにもう二度と人間に戻れない。
「げ、限界が近いでござるっ、タクみん、コイツに何か文字を書き込んで、止めてほしいでござるよっ」
「いや、無理なんだよ、小さい文字1つも書けないくらい、根っこの中にびっしり他の文字が書き込まれているんだっ」
わかったとたん背筋が凍った、この世で最もヤバい文字。ロッカに伝えるため、その文字を念写して、直接ロッカの頭に送り込む。
「ん? なんでござるか? この文字は? 鹿に金? シカキン? なんでこんなへんてこな文字が書かれているのでござる?」
「鹿金じゃない。二つ合わせて1文字なんだ。【鏖】、コイツは絶対に俺たちを許さないつもりだ」
「ひぃぃぃっっ!! そんな恐ろしい文字がっ!! この世に存在するでござるかっ!!」
うん、あるの。存在しないでほしいけど、ちゃんと辞書に載ってるの。
「と、とにかく、いまは落ち着いてっ、完全に植物になりきるんだ。心を無にっ、何も考えないでっ」
「せ、拙者、そういうの1番苦手でござるよっ」
じ、実は俺も苦手なんだよ。植物なら何もしなくていいから楽だと思っていたけど、全然そんなことなかった。
這いずり回る根っこの中で、身動き一つとれないなんて、あまりにも地獄すぎる。
「あ、でも完全に植物にはならないでね。ギリギリのところで意識は保ちつつ、ほとんど緑みたいな、絶妙な感じでお願いします」
「な、なんでござるかっ!? その超難易度の高い要求はっ!?」
やっぱりロッカには難しいか。俺も長時間、そんなことはできそうにない。やはり頼みの綱は、敵と認識されていないカルナだけだ。
「カルナ、ちょっと神樹王の本体とこまで行って、サクッとやっつけて来てくれない?」
『そ、そんな初めてのおつかいみたいなノリで頼まんといてっ! だいたい魔剣になってる間は勝手に動かれへんわっ!』
え? そうなの? ミッシュ•マッシュに強化されたから、てっきり瞬間移動くらいできるようになってると思ってたよ。
「くそっ、本体までの距離を無くせればいいんだけど…… 緑人状態の俺にはそんなこと……」
「その距離、カットしましょうか?」
「えっ!?」
誰もいないはずの場所から声だけ聞こえてくる。
タクミワールドにはロッカとカルナ以外連れて来れなかったと思っていたのに……
「レ、レイア、そこにいるのか?」
「はい、私はいつでもタクミさんの側にいますよ」
う、うん、それは怖いんだけど、今だけはありがたい。
「神樹王の本体はこの世界にはいない。遠く離れた別界層にいるはずだ。それでもカットできるのか?」
「カットするのに距離は関係ありませんよ。概念ごと失くしてしまうんですから。何億光年離れていようが、その間のものは無かったことにできます」
す、凄まじいな、カット能力。
そういや、俺が呪いで暴走していた時も、止めてくれたのはレイアだった。
「やってくれ、レイア。本体さえ、ここに現れれば、あとはなんとかしてみせる」
主に魔剣のカルナさんが、と心の中でつぶやく。
同時に、一瞬でゼロ距離になった目の前に、どどんっ、と圧倒的な存在が出現する。
『タ、タッくん、ほんまにうち、アレと戦うん?』
そこには宇宙を突き抜けて、それでもまだまだ先に伸び続ける、無限大の大樹が聳え立っていた。




