三百六話 惑上緑化
「た、た、た、タクみんっ!! 木がっ、木が猛烈な勢いで成長してっ、向かってくるでござるよっ!!」
うん、見ればわかる。
老化して弱らせたはずの樹木が、元気ハツラツに復活してる。
「どうしたのでござるかっ!? タクみん、もう大丈夫って言ってなかったでござるか!? 俺がお前たちの嘘を真実にしてやるよ、とか、カッコつけながら言ってなかったでござるかっ!?」
言わないで。樹木が勘違いして呪いと喧嘩したら、2人とも自滅すると思ってたんだよっ。
「な、なんだこれっ!? 樹木の一つ一つが異様な文字で埋め尽くされていて文字が書き込めないっ!!」
あまりに重なり過ぎて、なんの文字かわからない。
わからないのに、その文字がなんなのかわかってしまう。
「こ、この文字は1番ヤバい」
これは、本当に、想定のはるか斜め上、超緊急事態に他ならない。
「と、とにかく、安全な場所にっ、樹木が届かない所へっ」
「そんなところっ、もう世界中探してもないでござるよっ!!」
あ、ほんとだ。
すでに緑のほうが世界の面積よりも大きくなっている。
「タ、タクミワールドっ」
「タクみんっ、逃げるのでござるかっ!?」
い、言わないでっ、これは戦略っ、そ、そう戦略的撤退というやつだっ!!
目に見える範囲内。なるべく植物を巻き込まないようにして、小さな世界を世界の中に構築する。
洞窟。ロッカ。魔剣カルナ。持ち込めたのは、それだけだ。
タクミワールドの外側の世界。
その音は一切遮断されるはずなのに、樹木に蹂躙されていく破壊音が、耳の裏にこびりつくように聞こえてくる。
「た、タクみんっ!!」
「なにも言わないでっ、後でちゃんと助けるからっ!!」
踊る草木たちの様子が明らかにおかしい。
いつもは陽気なダンスを踊るのに、不気味なリズムで、クネクネと呪いのダンスみたいに動いている。
「カ、カルナっ、起きてっ、早く手伝ってっ!!」
『んーー? なんなん、タッくん? まだお腹空いてないで』
「ご飯じゃないっ、襲撃だっ、神樹王モクモクが暴走しているっ!!」
そう、暴走だ。
これはもう俺だけを狙った攻撃なんかじゃない。
見境など、とうにどこかに捨ててしまった。
全世界、全宇宙、全界層、その全てに向けて、神樹王は侵略を開始したのだ。
「そ、そうだっ、球体王まんまるっ、これは明らかに反則じゃないかっ!? 試合前には手を出してはいけないはずだろうっ!?」
無限界層一桁トーナメントの審判を司る、まんまるに直接呼びかけるが……
【ルールに基づき、神樹王モクモクは失格と……なり……プチュンっ】
「え? まんまる?」
突然、テレビの電源が落とされたように、まんまるからの通信が途絶える。
「まんまるぅーーーっ!!」
やられたのかっ、まんまるまでやられちゃったのかっ!? モクモクが失格になっても、このままじゃトーナメントそのものがなくなっちゃうんじゃないかっ!?
「タクみん、ダメでござるよっ!! 何処からか植物が入ってきているでござるっ!!」
「うわあぁぁあぁーーーーーっ!!」
タクミワールドは完全に独立した世界だぞっ!
次元の壁を越えない限り、何人の侵入も許さないはずだ。それが、たかが植物ごときにっ!?
ピキキっ、と空間に亀裂が走る。
世界と世界を隔てる壁を、コンクリートに生える雑草のように、軽々と突き破っていく。
「カ、カルナっ!!」
『いやぁああああっ、邪龍暗黒大炎弾っ!!』
ミッシュ•マッシュに強化されたカルナの必殺技が、地獄の業火がごとく、侵入してきた植物を無惨に焼き尽くす。
「いけたかっ……いやっ」
『あかん何これっ!? 焼けた先から再生してるっっ!!』
再生? いや、信じられないくらいの速さで成長しているのか?
「周りにある全てのエネルギーを吸収しているんだ。……次元の壁さえも」
無敵。焼こうが斬ろうがすぐに元通り。文字すら書き込めない、その樹木は全てを埋め尽くさんと増殖していく。
「タクみんっ、どうするのでござるかっ!?」
『タッくんっ、どないするんっ!?』
ちょっと待ってっ! 二人で同時に言わないでっ!! 今必死に考えてるんだからっ!!
パァァアンっ、とタクミワールドの次元の壁が破壊され、あふれんばかりの樹木が押し寄せてくる。
「……ロッカ、緑一色を俺にかけてくれ」
「へ? タ、タクみんっ、正気でござるかっ!?」
俺にできることはもう、やられる前に植物の仲間になることしか残されていなかった。




