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四話 よくわかったな。その通りだ

 

「え、コレが?」


 間の抜けた声でそう言ったクロエにレイアが激怒した。


「無礼なっ! タクミさんは力を隠しておられるのだ。本気を出せば貴様など秒殺されるぞ」


 いや、常に本気全開だよっ。

 こっちが秒殺されるわっ。


「なら、その本気、見せて貰おうかっ」


 クロエの白い髪が逆立ち、今まで以上のオーラが爆発するように膨れ上がった。洞窟の空気がビリビリと震える。勝手にどんどん話が進んでいき、もう訂正できない。

 もう少しで鍋が完成するんだけどなあ。少しだけ待って欲しいなあ。

 現実から逃避して、オタマで灰汁あくを取り続ける。


「これほどの殺気の中、ただひたすら鍋の灰汁をとっている、だと」


 なんか、クロエが俺の行動に少しびびっている。


「そうだ。タクミさんはお前の力など歯牙にもかけておらぬ」


 いや、全てを諦めてるんだけどね。

 最後の晩餐を食べたいだけなんだけどね。

 灰汁を取り終わり、味噌をいれて混ぜ、蓋をする。あと一刻程で完成だ。

 ダメ元で一つ、言ってみることにした。


「どうだ。まずは飯でも食べて落ち着いてみないか」


 ぐぅ、とクロエの腹が鳴るのが聞こえた。

 さらに背後からも、ぐぅ、という音が聞こえる。

 釣られて俺の腹もぐぅ、となった。

 どうやら最後の晩餐を食べることができそうだ。



「ぷはぁ」


 一気にラビ汁をかき込んだクロエが嬉しそうに息を漏らす。焚き火の上の鍋を三人で囲む。俺の隣にはレイア、正面にはクロエが座っていた。


「うまっ、こんなうまい飯、はじめてだっ」

「沢山おかわりあるぞ、食うか?」

「食う!」


 レイアがどれだけ食べるかわからないので、かなりたっぷり目に作っておいたのが功を奏した。

 おかわりをよそうとクロエは無我夢中で汁をすする。


「レイアもおかわり、食べるか?」

「い、いえ、そんな、タクミさんの手を煩わせるなど、自分でよそいますから」

「いいから、鍋をよそうのは師の役目だ」

「あ、ありがとうございます」


 レイアにおかわりをよそうとクロエと同じように一心不乱に汁をすする。


「ほわぁ」


 レイアも幸せそうに息をはく。


「この世にこんな美味しい鍋があるとは。強いだけではなく、料理の才能まであるなんて、本当にタクミさんは恐ろしい程の万能超人でございますね」

「お、大袈裟だ。黙って食べろ、レイア」

「は、はい、すみません」


 あまり強いとか言わないで欲しい。クロエがその言葉に反応して、俺を見ている。ご飯を食べたら、何もかも忘れて帰ってくれたらいいな、そう思っていたが、どうやら無理そうだ。

 俺も一杯目のラビ汁をすすり込む。うまい。五臓六腑に沁み渡る。

 丁寧に灰汁抜きし、新鮮な野菜をふんだんに使って、自家製の味噌を入れ、ラビ肉は熟成させている。我ながら今回の鍋は最高の出来だと思う。最後の食事を堪能していると、思わず涙が頬を流れてきた。


「あれ、タクミさん、泣いてませんか?」

「泣いてない。煙が目に入っただけだ」


 俺が一杯目を食べ終わる前にクロエとレイアは三杯目のおかわりをする。


「なあ、一つ、聞いてもいいか」


 クロエから質問が来たのはこの時だった。


「なんだ」


 内心びくっとなったが、なんとか普通に答える。

「お前は強いのに、どうして弱いフリをしているのだ。古代龍エンシェントドラゴンのじいちゃんは、数千年間一度も負けたことがないドラゴンの中のドラゴンだった。だが、お前にやられてからは毎日人間怖いと言いながら震えて引きこもっている」


 ア、アリス、お前、エンシェントドラゴンさんに一体何したの。


「そのような力を持ちながら隠す意味がわからない。その貧弱な身体、頭の悪そうな顔、ゴブリン並の小さいオーラ、お前の力は、我が出会った冒険者の中でもぶっちぎりの最下位に見える」


 本日二度目のバッシングに涙が止まらない。

 もうやめて。俺の精神的ライフはとっくにゼロだよ。


「タクミさんっ、大丈夫ですかっ、煙ですかっ、扇ぎますねっ」


 レイアが必死に手で煙を退けてくれている。

 それもやめてあげて、マジ泣きしてるのがバレるから。


「我は生まれた時から力は誇示するものだと信じてきた。だが、その力の象徴がお前に敗れたことで疑問が生じている。教えてくれ。何故、お前は力を見せつけようとしない」


 うん、それはね。力なんてないからだよ。

 そう言えたらどれだけ楽だろうか。そう言った途端にレイアとクロエの両方に絶命させられそうだ。


「あー、うん、それはな……」

「そんなこともわからんのか。黒トカゲ」


 言い淀んでいるとレイアが横から口出ししてきた。


「く、黒トカゲだとっ」


 ビキビキとクロエの額に青筋が入る。

 やめて、挑発しないで、平和的にお話ししてあげて。


「そうだ。何故、タクミさんが力を隠しているか、それがわからないお前など、トカゲで十分だ」

「ぐ、ぬぬぅ」


 おお、黙らした。すごいぞ、レイア。

 ちなみに俺も何故だかわからない。


「私は誤ってタクミさんに抱きついた時に理解した。もし、タクミさんがその持てる力をすべて解放すれば、この世界は滅んでしまう、と」

「なっ、それほどまでの力がこの男にっ」


 あるわけないだろう。

 なんでそんなふうに理解してしまったん?


「私は幼少の頃より、一族の秘術を会得する為にあらゆる修行をこなしてきた。その修行でどんな痛みにも耐えられる術を学んできたのだ。その私がタクミさんに触れた時から、胸の動悸は収まらず、その時の事を思い出すだけで体温が上昇する。ほんの少し触れただけで、タクミさんから漏れた力が私の身体を消滅させようとしているのだ」


 苦しそうに胸を押さえるレイア。

 それ、俺、関係ないよ?

 何かの病気だろうか。生き延びられたら後で病院に連れて行こう。


「なんという、恐ろしい力だ」


 クロエが俺を化物を見るような目で見る。

 いや、ないからね、そんな力。


「わかったか、黒トカゲ。タクミさんがむやみに力を解放しないのは、私達がひ弱で未熟な雑魚だからだ。その力のほんの一欠片ひとかけらでも見たいと思うのなら、もっと強くなってからやって来い。タクミさんは背中でそう語っておられるっ」


 そうですよねっ、という風なドヤ顔で俺を見るレイア。

 全くもって違うのだが、俺は今日、何回も言っている言葉をまた使う。


「よくわかったな。その通りだ」


 その日、俺がブラックドラゴンを手も触れずに撃退したという噂が世界中に広まった。


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