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三百五話 樹木の想い

 

 ゆっくりだ。そう、ゆっくりでいい。

 過剰な攻撃はすぐに俺の仕業とバレてしまう。

 誰にも気づかれないように、極小の文字をたった一本の植物に送り込む。

 顕微鏡で見ても読めないような小さな文字。


 その小さな小さな文字は、本当に緩やかに、しかし確実に、根っこの先まで浸透していく。


「タクみん、タクみん、真夏なのに山の景色がなんだか秋みたいでござるよ?」

「うん、いい景色だね。まるで血の色みたいな紅葉だ」

「た、例えが怖すぎるでござるよ」


 予定通りに事が進むことの、なんと心地のよいことか。

 やはり神樹王モクモクは、自分の根を伸ばして、この世界に広がる全ての植物と繋がっていた。

 一本の植物から、この世界中の植物へ、そしてやがては宇宙全体に広がるモクモク本体へと、小さな文字の力は伝わっていく。


「ああ、そうだ。みんなに野菜はしばらく食べないように言ってくれないかな? ちょっとお腹とか下すかもしれないから」

「言われなくても食べないでござるよ。まだ緑一色グレートフルグリーンが完全に解除されていないから、本物かどうかわからないでござる」


 うん、それがいい。

 まだ植物化している人たちは、ちょっと可哀想だけど、このまま枯れてもらおう。神樹王を倒したら、絶対治してあげるからね。


「ああ、あと、これから俺、ちょっと呪いにやられて寝込んだふりをしとくから。まあ、ふりと言っても本当に文字の力で軽く呪われておくから。看病よろしくね」

「え、ええっ、タクみん、ま、また暴れ出さないでござるかっ!?」

「うん、そこはうまく調整してみるよ」


 神樹王の根っこに送った小さな文字を自らにも浸透させていく。


【老】


 その文字は否応なく、大切な時間を奪い、健康な肉体を枯れさせる。


「ふぉふぉふぉ、どうなるか、楽しみじゃて」

「タ、タクみんが急にジジ臭くなったでござるよっ!!」



 神樹王モクモクが自らの異変に気がついたのは、深刻な事態になってからだった。

 最下層の世界に伸ばした根が腐っても、神樹王にダメージは入らない。

 人間の爪先が少し汚れた程度の感覚。

 腐った部位を剪定(せんてい)して、また伸ばせばいい。その怠慢さが異変の発見を大幅に遅らせた。


「なんだ? コレは???」


 気がついた時には、爪先どころか、手首から肩にかけて真っ黒に染まっていた。

 小さな異物が侵入したのか。

 それはゆっくりであるが確実に、根っこの先から本体めがけて、駆け上がってくる。


「枯れて腐り落ちていく。勘違い王が仕掛けたのか?」


 枯れているとはいえ、勘違い王の世界に根付いた植物から、情報を知ることはできる。洞窟に張り巡らせたツタが、ニュルニュルと動き、その奥で眠る勘違い王に触手を伸ばす。


「……っ!? 老化しているっ!! (わらわ)と同じようにっ!!!」


 この攻撃は勘違い王ではないのか?

 そもそも妾が根を張っていること事態、気がついてない可能性が高い。

 妾の根は勘違い王の世界にある植物と同化しているが、地中奥深く、底の底で繋がっているに過ぎない。


「ならば、この老化はなんだ? 勘違い王でなければ、妾に攻撃できるのは、(ただ)1人……」


 呪物王ンコンディ。


 無限界層ランキングで、争っている振りをしながら妾たちは裏で結託し、数多くのライバルたちを葬ってきた。

 契約を交わしたわけではない。確かな言葉も発していない。だが、妾たちの間には、見えない絆が大木の根のように、しっかりと心に根付いていたはずだ。


「お互いに本体が出会うこともない。それでも妾たちは信頼できる唯一無二のパートナーではなかったのか?」


 最初は本当に妾たちは争っていた。

 同族嫌悪。動けないもの同士、遠隔で相手を死に追いやる戦いの頂点を決めたかったのかもしれない。


 だが、それは数十年、数百年、数千年と経つほどに徐々にゆっくりと変わっていった。

 ンコンディの呪いは妾を本気で呪う事なく、ただ妾の樹木に優しく触れて消えていくように変わっていったのだ。


「ンコンディが妾を裏切るなどあってなるものか。これは罠だ。勘違い王が妾たちをハメようと、策略を練ってきたに違いないっ」


 いや、本当にそうなのか?

 ずっと疑問に思っていたことが枝葉組織(あたま)をよぎる。

 もしかして、ンコンディに抱いている、この感情そのものが長年の間に蓄積された呪いではなかろうか?


「妾を利用してきただけなのか? そして用済みになり老化の呪いを仕掛けたのか? バカなっ、考えられぬっ、このまま2人で組んでいれば、他の者たちを一掃できるではないかっ!」


 そうだ。妾たちが組めば怖いものなど何もない。その場から動けない2人が、無限界層を制覇する。そんな痛快なことが他にあろうものか。


「だったら、これはなんだ? これは明らかに呪いの……はっ」


 2人。そうだ2人だ。妾たち2人だけが残る。ああ、そうか。これはトーナメントだ。2人が残っただけでは終わらない。最後はどちらか1人になるまで戦わなければならないのだ。


「……そうなれば妾の命など、貴方にくれてやってもよかったのに」


 そう思う、この感情すら呪いならば、妾はンコンディを許すことができない。


 確かめなければならない。ンコンディが妾を裏切ったのか。この想いが本当に妾だけのものなのか。


 深い深い闇の中。

 誰にも知られることなく、1人眠るンコンディの場所を妾は知っている。

 そこに根を這わしたことはない。もし妾が近づいたことを知れば、ンコンディは二度と妾と組んで戦うことはないだろう。それでも……


 小さく小さく、限界まで細くした、糸のような根をゆっくりと伸ばしていく。


 どうか、この想いだけは本物であってほしい。


 枯れていく恐怖も忘れ、その根っこは恐る恐る、とても弱々しく、震えるようにンコンディの棺桶にたどり着いた。






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