三百二話 ラブストーリー
総緑一色。
禁魔法、緑一色の上位互換でござるかっ!?
魔法の領域範囲が桁違いでござるっ!
ルシア王国全域っ!? いや、これはっ……!!
「せ、世界規模でござるか」
タクみんを中心に、ぶわっ、と緑の波状が無限に広がっていく。
人だけではない。足元にある草木も急速に成長し、緑がすべてを塗り潰す。
「むぅ」
魔法が一切効かないはずのアリス様まで、手足が緑化し身動きが取れていない。
同じ禁魔法から生まれ落ちた拙者ですら、下半身が変化し、大地に根付き始めている。
『タ、タッくん』
漆黒の魔剣であるカルちんが木の枝に変形していた。
タクみんは、このまま全てを植物に変えるつもりでござるかっ!?
「グ、緑一色、すべて緑に染まれ、生きとし生けるもの……」
「緑一色の逆詠唱か、ロッカ。前はそれで植物にされたヌルハチを元に戻していたな」
ぎくり、でござる。
前はこれでピンチを切り抜けたでござるが……
「無駄だよ、この魔法は破れない。小さな波は大きな波に飲み込まれるしかないんだ」
拙者の魔法力が1とすれば、タクみんの魔法力は10万をゆうに超えている。
拙者の逆緑一色は、総緑一色に掻き消され、一片すら残らない。
「や、やめるで、ござるよっ! みんなを植物にしてしまったら、タクみん、1人になってしまうでござるよっ!!」
「大丈夫、呪いを全部こそぎ落としたら、元に戻してあげるから」
そんなもの最初から存在しないでござる。
全部こそぎ落としたら、拙者たちは、もう何も残らないのでござるよ。
「タクみんっ!!」
「助けてあげるよ、ロッカ」
ぽん、と優しくタクみんの手が拙者の頭をなでた。
それは、ただの触れ合いではなく……
「ああ、思考が、拙者の、魔法が……みーどーりー」
タクみんの手から直に送られてくる総緑一色に拙者のすべてが緑に変わる。
も、もうダメでござるっ、だんだんとすべてがどうでもよくなってきて…… ああ、もう光に当たって、のんびり寝たいでござる……
「みーーどーー……」
「カット」
「……りっ!?」
いきなり植物だった身体が元に戻る。
拙者だけではない。タクみんと拙者の周りを正方形の枠が覆っていた。
そこだけ切り取られたように、成長していた緑がなかったことになっている。
「いたのか、レイア」
「はい、ずっと側にいましたよ、タクミさん」
カット能力。
レイア様はその存在自体を、カットして認識させないようにしていたのでござるかっ!?
「え? ……ずっと側に? 怖いよ? 呪い?」
「違いますよ、純愛です、タクミさん」
「そうか、レイアも呪われている自覚はないんだ」
タクみんがコッソリと気づかれないように、見えない斬撃を飛ばしている。
絶対不可避の攻撃にしか思えないのに、レイア様はそれらをすべて紙一重でひょいひょいとかわしていた。
ずっと側にいましたよ。
レイア様の声がリフレインする。
まさか、タクみんの動きが予想できるのでござるかっ!?
「そうか、アリスじゃなかったのか。お前が呪いの根源なんだな、レイア」
「だから、違うんですよ、タクミさん」
そう、呪物王の呪いではないでござる。
「これはただのラブストーリーです」
「そんなもの、俺の物語には存在しない」
タクみんの身体から無数の文字が溢れ出す。
呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪……
呪いをかけているのは誰でもなく、タクみん自身ということに気づいていないのでござるか。
カットによって遮断されていた領域が呪の文字に塗り潰され消えていく。
そこから漏れた総緑一色が、どばっ、とレイア様に波のように押し寄せてきた。
「超宇宙薄皮芋剥千極剣」
迫り来る緑を野菜を捌くように斬り刻みながら、タクみんに向かって直進していく。
これが最後にて最大のチャンスでござる。
拙者も一緒に……
駆け出そうとしたところを、ぐっ、と肩を掴まれた。強引に、ぐぃー、と緑を引き伸ばしながらやってきたアリス様が、拙者を掴んだまま、首を横に振る。
「大丈夫、レイアは負けない」
「ご、ござるがっ」
呪の文字群が集まり一つの巨大な呪文字となって、レイア様の前に立ち塞がった。
レイア様は、そんなもの見えていないように、スピードを緩めずに突っ込んでいく。
「あ」
人の形から線の形へ。
極限まで速度を上げたレイア様は、まるで自分自身がカットそのものとなり巨大な呪に線を描く。
「大切断」
呪いを斬り裂いて、タクみんの胸に飛び込んだ。




