三百一話 歪んだ双璧
呪いと魔法。
それは似ているようで、全く別のものでござった。
陰と陽、光と影、表と裏。
魔法の詠唱を呪文というように、呪いも魔法も最初は同じものだったのかもしれない。
だが、呪いはあまりにも歪んだ形で進化し、魔法から大きくかけ離れていったのでござる。
「……全部、潰してやる」
『いやぁああああぁぁぁあぁっ!!』
タクみんから呪物王の呪いは感知されない。
禁魔法から生まれた拙者には、どんなわずかな呪いでも、その起を見つけることができるのでござる。
「やめるでござる、タクみんはまったく呪われてないのでござるよ」
「……ロッカ」
目の焦点があっていないでござる。
呪いが最も恐ろしいのは、かかっていてもいなくても、関係ないところでござるよ。
相手が呪われていると信じ込ませたなら、それは本物の呪いとして開花する。
「落ち着いて聞くのでござるよ。拙者の師匠であり、無敵のタクみんには、呪いなんてくだらないものは、1ミリでさえ、入り込めないのでござるっ」
「そうか、やっぱりそうなんだ」
いけたでござるか? タクみんの目が一瞬、正気に……
「やっぱり呪われているのは、俺じゃなくてお前なんだな、ロッカ」
「ぎゃぁあああっ、全然いけてなかっでござるっ!!」
タクみんが軽く手を真横に振った。
それだけで、ズバンっ、と拙者の後ろの背景が、ハサミで斬られたみたいに上下に分断される。
「あ、危ないでござるっ」
「飛んだ? 攻撃をする前に?」
空中に飛んだ拙者を、タクみんの目がギョロリと睨みつける。
「それも呪いの力か。偽ロッカ」
「ちがうでござるよっ、拙者の魔法でござるっ、拙者は第六禁魔法、六花でござるよっ!!」
タクみんの体に流れる魔力から次の動作を予測できた。人体を動かすために脳から送られる信号には魔力が蔓延り、拙者にはそれが光り輝いて見える。
「呪いがロッカを語るな。穢らわしい」
「タ、タクみんっ」
正面から真っ直ぐに全速力で向かってくるっ!
そう予測できたのに間に合わないでござるっ!!
「あっ」と、声をあげる間もなく、とん、と拙者の胸に何かが突き刺さった。
「カ、カルちん」
『ロ、ロッちん』
心臓を貫いた魔剣の一撃。
ああ、拙者、簡単にやられてしまったでござるよ……ん?
「刀身を引っ込めたのか、やっぱりカルナも呪われているんだね」
拙者に刺さったように見えた魔剣は、マジックで使うナイフのように、刃先が柄の根元まで短くなっていた。
「残念だ。さよなら、偽カルナ」
「や、やめるでござるっ!!」
ぱんっ、と弾け飛ぶような音がして、思わず目を背ける。
「ダメだよ、タクミ」
その音は爆速でタクみんから魔剣を奪った衝撃音でござった。
「……アリスか」
タクみんの視線を追うことで、ようやくアリス様の位置を把握する。魔剣を奪って、さらにタクみんからかなり離れた岩場の上に腰掛けている。
は、早いでござるっ! タクみんと互角っ!? いや、それ以上でござるかっ!?
「お前は本物か? それとも偽物か?」
「試してみたらいい。すぐにわかる」
アリス様の口元に微かな笑みが浮かぶ。
「カルちんっ、止めるでござるよっ!!」
『いやいやいや、むりむりむり、アリス、めっちゃヤル気満々やわ』
拙者の時と同じように、手を軽く振るタクみん。
見てからではかわせない、次元の斬撃がアリス様に襲いかかる。
「参る」
それをまったく気にせずに真っ正面から突っ込んでいく。
「ひぃ、真っ二つでござるっ!」
『いや、もうかわしてるでっ!』
一瞬、アリス様が二重にブレたように見えただけでござった。かわす動作がまるで見えない。
斬撃がアリス様の背後の景色を綺麗に寸断した時には、すでにタクみんの懐に潜り込んでいた。
「不可侵領域」
「推して参る」
ギョオオオォオっオンっ、と聞いたことがない破壊音と共に、タクみんの絶対防御が砕け散る。
「文字ごとっ、押し潰したのかっ!?」
2本の線を描きながら、ずざざざざっ、とタクみんが地面を滑っていく。
アリス様は、拳を突き上げたまま、満足そうに、ぷはーっ、と大きく息を吐いた。
「ようやく、並び立てた」
「……そうか、その力、やっぱりお前も」
ちがうでござるっ! アリス様の力は呪いじゃないでござるよっ!! 修行して修行して修行しまくって、死に物狂いで得た力でござるっ!! だから、だから、その言葉は言わないでほしいでござるっ!!!
「やっぱりお前も呪われていたか、アリスっ!!」
何も言わずアリス様はただその拳を硬く握りしめる。
『タッくん、誰も呪われてへんっ! アリスもうちらも、タッくんも、みんな呪われてへんねんっ!!』
聞こえない。
拙者たちの声はタクみんには届かない。
あるはずのない呪いの渦が、グルグルとタクみんを飲み込んでいる。
「……ここまで呪いが浸透していたら仕方ない。いっそのこと、全部リセットして……」
タクみんの中で膨大な魔力が動き始めた。
ダメでござるっ! これは禁魔法でござるよっ!!
「総緑一色」
詠唱も何もかもすっ飛ばして、人を植物にする禁魔法が全てを飲み込んだ。




