閑話 呪いのシステム
「……呪いがうまく廻り始めたか」
勘違い王の心音が聞こえてきた。
不安、恐怖、動揺。
緊張状態の持続から、心臓や血圧に負担がかかり、莫大なストレスを感じている。
俺がしたことはただ一つ。
死の意味を持つ言葉を、ただつぶやいて送っただけだ。
あとはいつも通り相手が勝手に思い込む。
自らにかかった呪いが、逃れようのない強大な呪いだというように。
呪いはシステムだ。
呪いとは物理的手段を用いず、精神や霊的手段によって個人に災いや不幸・不運をもたらそうとする悪意ある行為のこと。
つまり人が目視できない何らかの方法で相手を苦しめることを呪いと呼ぶ。
だが、俺にはそんな力はまるでない。
ただ、呪いの力があるように振る舞うだけで、誰もがそれを信じてしまうだけだ。
「思った以上に簡単な相手だな。これを仕掛けるまでもないか」
棺桶を開けて、中を確認する。
呪物「ンコンディ」
飛び出した目玉に、頭髪代わりに植えられた鳥の羽根。首や胸、腹部は呪布と鎖で縛られ、動物の頭骨らしいものが肩にも腰にも巻きつけられている。
その呪物はただの所有物だったのに、いつのまにか無限界層ランキングで俺自身と勘違いされ、その名まで勝手に登録されてしまった。
指先一つ動かせない呪いの王。
生まれた時から様々な呪いに侵されており、本人ですら、どれほどの呪いにかかっているのか、未だ、その全容が掴めていない。
彼に殺意を抱いた者は、それだけで呪い殺される「重倍返しの呪い」、どれだけ飢えようと心臓や脳が潰れようと死ぬことが許されない「不死の呪い」などが確認されている。
……と数々の呪いの逸話があるが……
「ただの不気味な木彫りの人形なんだけどな」
最初は俺の身代わり人形として棺桶に入れていたのに、勝手に噂が広まっていき世界最大の呪物とまで言われるようになってしまった。
「これが呪いの本質か」
実際にはなにもしてないに等しいから、球体王まんまるのルールにも違反しない。
勘違い王の文字の力でも跳ね返すことはできない。
だって跳ね返すもの事態が存在しないのだから。
「試合開始まで一週間。また俺は何もしないで勝てそうだ」
呪いの呪い。
そのシステムはあまりに強固で、あまりにも無敵すぎる。
そう、まるで何の力もなかったタクミが、宇宙最強と勘違いされていたように。
「かかってもいない呪いは解除しようがない」
文字の力を持つ勘違い王だからこそ、その呪いを解こうとあらゆる手を使ってくるだろう。
しかし、それは信じられるはずの仲間を疑うことであり、周りの全てを破壊する行為に他ならない。
かつて、最も強大な大国の王は、俺の呪いを解くために巨大な三角の墓を砂漠に建造し、生贄として何十万もの人間を生き埋めにした。
古代王家の金字塔。
そこで出来上がったのは呪いの解除ではなく、新たな呪いの発動でしかなかった。
やがて、その墓を荒らすものは、全員呪い殺されるという噂が広まる。
実際に最初に急死したのは1人だけであり、その1人も発掘以前に髭を剃っていた時に誤って蚊に刺された跡を傷つけたことにより熱病に感染し、肺炎を併発したことが死因であった。
それなのに、呪いは勝手に増幅していき、肥大化していく。今もその墓は巨大な呪いの渦となり、呪いの連鎖はどこまでもどこまでも永遠に続いていく。
「さあ、お前はどんな呪いを見せてくれるんだ? 勘違い王」
禁魔法の発動を感知する。
仲間を植物に変えているのか?
自分以外、誰も信じられないのだろう。
だが、無理だ。
すべてを無くしたら、今度は自分自身も信じられなくなる。
頭についた羽が風に吹かれて、ンコンディの木彫りの首が上下に揺れる。
キキキ、コココ、カカカ
まるで笑い声かのように、呪物の王は不気味な音をたてた。




