三百話 呪いの呪い
すとん、と綺麗に尻餅をついた。
米びつの備蓄が減ってきたので、倉庫から俵を運んでいる途中のことだ。
足元が掴まれたような感触にびっくりして、咄嗟に後ろに飛び退いたのだが、俵を持っていたのでバランスを崩して、そのまま尻から倒れてしまった。
「タクみんらしくないでござるな。なんでもないところでつまずくなんて」
「いや、これは多分、呪物王の……」
地面にはただ草が生えている。
ただ、その草はご丁寧に輪っかを作り、足が引っかかりやすくなっていた。
「……やはり、呪いか」
俺に直接効かないから、まわりの草木に呪いを仕掛け、罠にハマるのを待っていたわけか。
「いやいやいや、タクみん。これ、自然に絡まってるだけでござるよ? 考えすぎではござらんか?」
『うん、なんの魔力も感じひん。ただタッくんがこけただけやで』
そうか、実力者2人の感知にも引っかからないのか。
「さすがだな、呪物王ンコンディ」
ロッカとカルナが呆れたように顔を見合わせているが放っておこう。
今は呪いに対抗する手段を考えるほうが先決だ。
「しばらくは植物も俺の支配下に置いておくか。緑一色の逆魔法なら、すべてを擬人化することができるはず……」
「やめんか、あほう」
ぱかーん、と後ろから何かで叩かれる。
「ヌ、ヌルハチっ!? いつのまに俺の背後にっ!? どうして気づかなかったっ!? これも呪物王の呪い……」
「ちがうわ、馬鹿タレ」
持っていた木製の杖で再び頭をどつかれる。
「呪いのことを考えすぎて集中力が切れとるだけじゃ。なんでもかんでも呪いのせいにして本番前に疲労してしまったら相手の思うがままじゃぞ」
「い、いや、でもヌルハチ。どんな呪いがあるかわからないんだぞ。いきなり、心臓が止まったりしたらどうするんだ?」
警戒につぐ警戒をしても十分じゃない。全てのことを呪いと疑ってもいいぐらいじゃないのか?
「別に大丈夫じゃろ? 今のタクミなら止まった心臓くらい、すぐに動かせるじゃろ」
「うん、まあ、そうなんだけど。でも、他のみんなは? 俺が受けた呪いの巻き添えで命を落としてしまったら?」
「生き返らせばいいじゃろ?」
「あ、う、うん、ま、まあ、そうなんだけど」
あれ? 別に呪いを警戒する必要なんてないのか?
前回の戦いからスーさんも近くにいるし、多少の呪いがきても、へっちゃらなのか? ……うん、なんか大丈夫な気がしてきた。
「ありがとうヌルハチ。俺、もう呪いなんて気にしないよ」
【うむ、それはよかった。これで存分に呪い殺せる】
ぞわわわわわっ、と背筋に何百匹もの百足が同時に這い出したような怖気が走りまくる。
ヌルハチの声ではなかった。いや、人が発せられる声ですらない。
【ခစိုတ်】
破滅の言葉を発しながら、泥人形のようにヌルハチが溶けて崩れていく。
いつから、どこからヌルハチと入れ替わっていた? いや、それよりも……
「どんな呪いをかけられたっ!?」
ドッドッドッ、と心音が大きく加速していく。
い、息苦しい。呼吸器に影響する呪いか? 俺、呪われてる? 現在進行系で呪い殺されてる?
『タッくん、起きてっ! どうしたんっ!?』
「え? ヌルハチは?」
『ヌルハチはサシャとルシア王国に帰ってるやんか』
そ、そうだった。夢? でもやけにリアルで生々しかった。
「心臓もドキドキしてる。カルナ、俺、呪われちゃったかも」
『落ち着いて、タッくん。悪夢見たら、みんなだいたいそんな感じやで』
「嘘だろ、こんな苦しいのに? 絶対何かの呪いにかかってるよっ! そ、そうだ、一度自分の身体をバラバラに分解して細かく解析すればいいんだ。その後、呪いを取り除いて再生すればっ」
『あ、あかんっ、それ失敗したらタッくん死んでしまうやつやんっ! なんも呪われてへんのに、そんな無茶せんでええからっ!!』
どうして、俺が呪いにかかっていないと断定できる? ……ま、まさかっ!?
「カルナもにせもの?」
『ちゃうわっ、めちゃくちゃ本物やっ、目を覚ましてタッくんっ! 呪物王はタッくんが勝手に自爆するのを待ってるだけやっ!!』
「ちがうよっ、文字の探知にも引っかからない強力な呪いを仕掛けてきてるんだよっ、俺にはもう、誰が本物で誰が偽物かもわからないっ」
……もしかして、ヌルハチやカルナだけじゃなくて。
「もう俺以外、全部にせもの?」
『ぎゃーーっ、誰か来てっ! タッくん、かかってもない呪いに呪われてしもてるっ! このままやと戦う前にみんな全滅してまうっ!!』
正体を見抜かれて焦ったのか、にせものカルナが騒ぎ出す。
「やっぱり全部にせものか」
『なんでやねんっ! ほら、みてタッくんっ、うちやんかっ! ……あ、あれ? タッくん、聞こえてる?』
何も見えない。何も聞こえない。
「……全部、潰してやる」
『いやぁああああぁぁぁあぁっ!!』
誰にも感知されない呪いが、俺の身体に降り注いだ。




