表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
389/420

二百九十七話 世界の中の世界

 

 文字の力は通用しない。

 頼もしい相棒は奪われてしまった。

 敵の体内に飲み込まれ、逃げる手段も残っていない。


 大ピンチだ。

 いまだ、かつて、こんなピンチに陥ったことがあっただろうか。


「…………けっこうあったな」

「この状況でどうして笑っていられるんだい? ああ、そうか、もうあきらめてしまったのか」


 そんなことはない。ずっと最弱だった俺には、これ以上のピンチなんて日常茶飯事だった。

 ゴブリンにも勝てない男が、魔王やギルド会長と戦ってきたんだよ。それに比べればこのくらいの差なんて、あってないようなものだ。


「こんなのは絶望のうちに入らない。お前ならわかるだろ? 元最弱同士だったんだから」

「ふん、そんな昔のことなど、忘れてしまったよ」


 弱かった自分を捨てたのか?

 それも含めて最強なのに。

 だとしたら、まだ俺にも勝つチャンスは残っている。


「タクミワールド」

「新たな世界の構築か。無駄だよ、ここはすでに僕の領域なんだ」


 自分の思い通りになる世界なら、互角以上に戦える。だけども、ここはミッシュ•マッシュの腹の中。

 その内側に俺の世界を作っても、すぐに外から潰されてしまうだろう。

 それでも、ほんの一瞬なら……


 ぱぁーん、ぱらぁぱらぁぱらぁぱらぁぱらぁぱらぁぱぁーーん。


 いきなりのファンファーレ。

 草木が踊り花が歌う。二足歩行の動物たちがオーケストラを演奏する。

 だが、その全てがミッシュ•マッシュの胃液で、太陽に当てられた飴細工のように、ドロドロと溶け出していた。


「こんなものっ、時間稼ぎにもならんっ」


 さらにカルナを振り回して、タクミワールドを破壊するミッシュ•マッシュ。

 内から外から、まさに出来たと同時に崩壊するタクミワールド。


 世界を創造するのに使用する魔力は果てしない。

 大部分の力を失い、それでも、それはミッシュ•マッシュの領域に割り込む最良の一手となった。


 たった1文字だけ。

 ぺたん、とミッシュ•マッシュの背中に貼り付けた。


 どれが本体か、どれが分身かなどわからない。

 おそらく、全てが本体で、全部あわせてミッシュ•マッシュなんだ。だから、1人に貼れば、それだけで全てのミッシュ•マッシュに影響する。


『タっ……くんっ』


 カルナの声が聞こえなくなってきていた。

 ミッシュ•マッシュの支配力が強くなっているのか。

 このままでは、カルナも完全にミッシュ•マッシュの一部として同化してしまう。


「……文字だと? いまさらたった1文字で逆転できる状況でもないだろうがっ」


 俺もそう思っていたよ。

 だけど、それ、けっこうくるかもよ?


「さて、どうなるかな」

「このっ、猿がっ!!」


 ミッシュ•マッシュの身体がうねうねと波打つように動き、ぼごんっ、とカルナを持つ腕が大きく膨れ上がった。

 そこに力を凝縮したのか。

 ゆっくりと俺をいたぶっていたが、ようやく本気を出すらしい。


 振り上げた腕は、あまりの加速に残像すら残らない。振り下ろす瞬間など、時間を止めても間に合わない。

 圧倒的絶望の一撃が身に纏った炎ごと、全てを叩き潰す……はずだった。


 ばんっっっっ、と、衝撃は俺の肩口をすり抜けて、地面に激突して世界を揺らした。

 ひび割れた教室の床は、それもミッシュ•マッシュの分身で、呻き声のような心地よい叫びが響き渡る。


「よ、避けたっ!? バカなっ、僕の最強の一撃をっ!!」


 避けれるはずがないだろう。まったく全然見えてなかったんだから。お前が自分で外したんだよ、ミッシュ•マッシュ。


 そんなことを教えてやるわけもなく、大きく姿勢を崩したミッシュ•マッシュに向けて突進する。


「参る」


 それはまるでアリスのように。

 ただ真っ直ぐに、一直線に、そのままに。全力の一撃を叩き込む。


「ぐはぁあああっ!!」


 初めての一撃が、みぞおちに深々と突き刺さった。

 ごぼっ、とミッシュ•マッシュが得体の知れない塊を口から吐き出す。

 これまでに吸収した者達の成れの果てか。

 人の塊が球体になり、わらわらと混ざり合う様はこれまで見てきたどんなホラー映像よりもグロテスクだ。


「分裂もしないっ!? ぼ、僕の身体に何が起こっているっ!?」

「もういい、主導権を我に寄越せ。全部、丸ごと飲み込んでやる」

「は? 私たちも飲み込むつもりかっ? 調子に乗るなよっ、建物ごときがっ!!」


 元のミッシュ•マッシュと教室ミッシュ•マッシュ、カルナを持ったミッシュ•マッシュが仲間割れを起こし始めた。

 統一されていたはずの人格が、バラバラになっているんだろう。

 俺が貼り付けた1文字は、想像以上に効果を発揮している。


「貴様っ、僕に、我に、私たちに、な、な、な、な、な、な、何をしたァアアアアっ!!?」

「……内緒」


 タクミワールドに続き、ミッシュ•マッシュの世界もあっけなく崩壊した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ