二百九十三話 バタフライソード
なにもかも持っているマッシュ君に嫉妬を覚えなかったのは、僕が最初からすべてをあきらめていたからだ。
不良品として生きていくことに、いや生に対する執着すらなかったのかもしれない。
「***君、ご飯食べた? 良かったら一緒に学食行かない?」
「ごめん、マッシュ君。食欲ないんだ」
だからこれ以上、僕に構わないで欲しかった。
なにもない僕が友情なんていうものを得たと勘違いしてしまったら、どうなってしまうかわからなかったから……
『暗いっ、暗いわっ、アンタっ、なんでそんなネガティブなんっ!』
「え?」
誰もいないはずの教室で女性の声がして、辺りを見渡す。しかし、僕以外にはもう誰もいない。正確には僕がいるからみんな教室から出て行ってしまったんだ。
『ここや、ここ。アンタの腰。魔剣カルナさんが喋ってるんや』
「え、ええっ!? き、君話せたの?」
『まあ、脳内に直接声届けてるから、喋ってるわけではないんやけどな』
びっくりである。孤児院の前に捨てられた僕の側に置かれていた、たった一つの所有物。それが呪われた魔剣だっただなんて。
『呪われてへんわっ! どっちかいうと守護霊的なアンタの味方やっ! まあ、無理矢理連れてこられたんやけどな』
「ご、ごめんなさい」
どうやら考えていることも筒抜けのようだ。ついに僕は一人きりの時間までも失ってしまうのか。
『失わへん、失わへん、うち、普段は寝てるから。アンタが困ったときしか出てけえへんから』
「え? でも僕、困ってなんか……」
『困ってるやんっ、ほんまは一緒にご飯行きたいのに行けてへんやんかっ』
魔剣さんにはわからないだろう。
ずっと友達のいなかった僕のコミュニケーション能力の低さを。
『なに言うてんねんっ、そんなんうちもおんなじやっ、邪龍とか言われてめっちゃ嫌われてたからな。友達なんか1人もおらんかったわっ』
「ええっ、邪って、や、やっぱり悪い剣なんじゃ……」
『ちゃうわっ、もう反省していい子さんやっ、今はいっぱい友達おるわっ』
そ、そうなんだ。こんな魔剣さんにも友達が……
『こんな、とか言わんといてっ! あと魔剣さんやなくてカルナでええよ』
「え? でも、呼び捨てなんかにしたらあとで呪われるんじゃ……」
『だから呪わへんわっ! ほらっ、ええから食堂行くでっ、あのキラキラした子とご飯食べに行くでっ』
魔剣さ……カルナにそう言われても足が動かない。
僕に本当の友達なんて、できるなんて思えないんだ。
『なに言うてるん、友達はできるもんちゃう。いつのまにか、おるもんやで』
教室の床に張り付いていた足が、ぴくっ、と動く。
鉛のように重かった身体が少しだけ軽くなった気がした。
『なに小刻みにプルプルしてんねんっ、早よ動きっ、昼休み終わってしまうやんっ』
学食に向かいながら、僕は本当に久しぶりに、作り笑いじゃない笑顔をカルナに見せた。
「め、めっちゃ応援してる。これ、大丈夫か?」
大きく過去は変えないで、少しだけ助けてやってくれ、って俺、言ったよね?
これ、助けすぎじゃない? 介入しすぎじゃない?
むしろ、カルナがミッシュ•マッシュの1番の親友になる流れじゃない?
「……ま、まあ、俺が深く関わってるわけじゃないし。トーナメントには影響ないはず……たぶん」
ちょっと心配しながらも、そのまま放置して行方を見守ることにする。
「タクみん、タクみん、なにをしているのでござるか? 暇なら拙者とデートするでござる?」
「うん、デートはしないし、いまちょっとカルナに手伝ってもらって次に戦う相手の過去回想を見ているんだ」
「?? カルナとは誰でござるか? まさか、タクみんっ、また浮気をっ!?」
え? どういうこと? どうしてロッカがカルナを知らない? ロッちん、カルちん、と呼び合うくらい仲が良かったじゃないかっ!
「ま、まさか、もう未来が変わってしまったのか?」
トーナメントに影響するどころではない。
このままだとカルナが戻ってこれなくなるんじゃないのか?
「あ、思い出したでござるよ」
「えっ!? カルナをっ!?」
よかった。やっぱり未来はそこまで変わってなかったんだ。
「その名前、聞き覚えがあるでござるよ。次にタッくんが戦う相手でござるよな。トーナメントの一回戦で」
「へ?」
あまりのことに思考が完全に停止する。
よく回らない頭で、お空に浮かぶ球体王まんまるにトーナメントの組み合わせを確認した。
『第一試合
ランキング4位【塊魂】ミッシュ•マッシュ•カルナ
VS
ランキング9位【勘違い王】タクミ』
「ミッシュ•マッシュ……カ、カルナっ!?」
過去回想に行ったカルナを呼び戻そうとしたがまったく反応がない。
「カルナぁぁァアアアアあぁっ!!」
「対戦相手の名前をそこまで叫ぶとは、気合い入りまくりでござるな、タクみん」
未来からの咆哮は届かず、俺の相棒はミッシュ•マッシュの世界に取り込まれていった。




