二百九十一話 まんまる抽選
蒼穹天井に小さな月のようなものが一つ浮かんでいた。
球体王まんまる。
真の球体にて公平なる存在。
目も鼻も口も耳もなく、ただ、そこにあるだけの真円。
雲の上に座る一桁のランキング保持者たちは、一言も話さず、静かに無限界層一桁トーナメント抽選の始まりを待っている。
『これより抽選を開始する』
シンプルでよく通る、その声は脳髄に直接送られてきた。
『◯である我は今、体内に8つの玉を持っている』
まんまるの身体が発光し、中に8つの小さな影が見える。
『玉には2から9の番号が書かれている。あなたたちのランキングの数字である』
8つの玉がまんまるの中でコロコロと転がり、ぶつかり弾けながら加速していく。
『最初に出てきた2つの玉が第一試合の組み合わせとなる。試合が終われば敗者の玉は廃棄され、勝者の玉は再び◯の中に入り第二試合の抽選が行われる』
「えっ!?」
思わず声が漏れてしまった。
普通の勝ち抜きトーナメントだったら8人全員の抽選が同時に行われ一回戦ごとに人数が半分になっていく。三回勝てば優勝できるシステムだ。
しかし、まんまるの抽選方式だと第一試合で勝ち残った人が再び選ばれて第二試合も連戦する可能性がある。運が悪ければ最初から最後まで七回全部勝たないと優勝できない。
「ちょっとまって。それって運が良ければ最後に1回勝つだけで優勝することもあるってこと? 全然公平じゃないんじゃない?」
うんうん、その通りだ。
すぐ上の雲で意義を唱えるネレスに同意する。
『運も実力のうち、ということだ。排出される玉はランダムで公平である。◯である我は最も相応しい抽選方法を選出したのだ』
ほ、本当に?
なんかすごく悪い予感がするんだけど。
大武会の時もクジ運悪くて第一試合から、バルバロイ会長と戦ったけど……全部俺が戦う羽目になる、なんてことないよね?
「あ」
「ん? なに、どうしたの? ネレス?」
あれ?っていう顔で俺とまるまるを交互に見つめる。
「いま、なんか文字の力使った?」
「え? い、いや、使った覚えはないんだけど。たまに無意識のうちに発動しちゃうから」
「なんか嫌な予感するんだけど」
ま、まさか、『全部、俺が戦う』て部分が発動してないよね?
いやいやいや、今まで勝手に文字の力が発動することはあったけど、俺が有利になることばかりだった。
こんな重大な場面で裏切ったりしないよね?
どぅるるるるるる、とドラムロールの効果音がまんまるから聞こえてくる。
いよいよ抽選が始まるのか。
た、頼むから俺の番号出ないでくれよ。
もし、文字の力が発動していたとしても、絶対公平な球体王まんまるさんなら、その力も跳ね返してくれるはず……だよね?
るるるるる……じゃーーーん!
シンバルの音が鳴り響くと同時にまんまるから二つの玉が飛び出した。
それは弾け飛ぶと同時に1つは上空へ、1つは俺の方に向かって真っ直ぐに落ちてくる。
「使っちゃったね」
「う、うん、使っちゃったみたい」
まんまるから飛んできた玉が俺の手にすぽん、と収まる。しっかりはっきり9の数字が刻まれていた。
そして、もう一つの玉は上から4つ目の雲、組体操しているような集合体の足元へ、ぽとん、と落ちる。
『第一試合
ランキング4位【塊魂】ミッシュ•マッシュ
VS
ランキング9位【勘違い王】タクミ』
最悪だ。いきなりランキング4位との対戦か。しかも勝ったとしても、この後、全部の一桁と戦うことになるかもしれない。
ど、どうして今まで俺の味方をしてくれていた文字の力がこんな反乱を起こしたんだ?
「……くっくっくっ」
堪えきれない、といった笑い声が上からこぼれてくる。
「これはついている。他の奴に消される前に文字使いと戦えるなんて。その力、全部俺様が奪ってやる」
ミッシュ•マッシュは倒した相手の最も優秀な部位を奪い取り込むことができ、勝てば勝つほど、どんどん強くなっていく。だから一回戦から戦うことになんの抵抗もない。
……いや、まてよ。それは俺も同じじゃないのか?
懐に忍ばせた6つのカプセルを、そっ、と握った。
『皇』『数』『怪』『蟲』『剣』『盾』のカプセルが出番を待ちわびているように熱を帯びる。
「やっぱり文字は俺の味方なんだ」
全部戦うことは不利なんかじゃない。
一桁すべての総戦力で『あのお方』に挑むことができる。
「え? 笑ってる? こ、怖いんだけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫、ふっふっふ」
「くっくっくっ」
まんまるの下で、ミッシュ•マッシュと俺の笑い声が静かに重なる。
「大丈夫、俺、全部勝つから」
怒涛の7連戦。
ずっと俺が戦う無限界層一桁トーナメントが始まった。