閑話 屋根裏宇宙
蒼穹天井のさらに上。
屋根裏部屋とでもいうべき世界があることを知るのは僕しかいない。
そこにあるのは、ただ一つの小さな星と無限に広がる宇宙空間。
【屋根裏宇宙】
無限界層ランキング1位の僕しか入れない、この空間を僕が勝手に名付けてそう呼んでいた。
『8人みんなで戦って、1人になったら戦ってあげる』
蒼穹天井が騒がしいので、上からこっそり覗いて見たら、僕が3位の虚偽王ザ•ハークにメッセージを送ったことになっている。
うん、送ってない。
なんか無限界層一桁トーナメントを始めるとか言ってるけど、優勝しても僕、戦いませんよ?
誰かが僕になりすまして、『あのお方』として手紙を書いたのか。それなら優勝しても、僕のかわりに戦ってくれるのか。だったら特に問題ないんだけど。
屋根裏宇宙から出るのは極力避けたい。僕の正体がバレたなら、二度と『あのお方』なんて呼ばれなくなるだろう。
ここには、全ての界層から取り寄せたゲームや漫画、アニメやドラマのDVDが揃っている。
何億年、いや何十億年だって引き篭もっていられるのだ。
『これ、みんなで戦わせて共倒れ狙ってない?』
勘違い王タクミがナイスアイデアを口にする。
ああ、それいいね。
そうなったら僕は戦うことなく、ここにいられる。
思考回路が似ているな。
過去の記憶はほとんど残ってないけれど、僕も昔はこんなふうに考えて戦っていたような気がする。
文字を使って戦うことは、言葉のロジックを組み合わせることだ。工夫次第でいくらでも強くなれるし、自分より強い相手にも十分に対抗できる。
メッセージを送ったのはこの男か?
手紙の文字は筆跡鑑定に引っかからないぐらいに僕の文字と似通っている。
文字の力を使えば、全く同じ字を書くことができるのかもしれない。
『みんな見たことないんだったら実は弱かったなんてこともあるんじゃない?』
メッセージが発表される前から、勘違い王は他の一桁メンバーを揺さぶりにかけていた。僕の情報を引き出そうとしているのだろうか。
できれば僕もそれを知りたいと思っている。
悠久の時間で覚えておける記憶には限界があり、僕の頭のキャパシティはゲームや漫画やドラマの記憶でパンパンだ。
もはや自分の名前がなんだったかさえ、思い出せない。
忘れてはいけない大切なことは全部日記に書いていたはずなのに、その日記さえ何処に置いたか忘れてしまった。
……ここまでの状況を整理しておこう。
僕の話題が出ること事態、本当に久しぶりだ。
僕を恐れているのか、普段は「あのお方」の名前さえ出てこない。
『「あのお方」は頂点そのもの。それなのに、その力は今も無限に階層を上がっているのですよ』
虚偽王の言葉は信憑性に欠ける。
噂だけを頼りに想像を膨らませたものだろう。
昔は絶大な力を誇っていたかもしれないが、今は無限に階層を上がってなんていない。
サボりまくって、むしろ駆け下りている。
『え? なになに? 1位の人、そんなに怖いの?』
『ちょっと黙っててっ! 伽羅さん以外、まだ誰も見たことがないの。メッセージを送ってきたのも初めてなんだよ』
勘違い王と名無しの会話。
犬神伽羅は僕と会ったことがあるのか?
確かにあの短足犬は朧げだが、どこか懐かしい感じがする。
昔、うちのペットで、何度も何度も生まれ変わって僕の元にやってきた……ちがう、それはこの前観たワンダフルな映画の話だ。
わふん、しか言わないから犬神伽羅から直接聞くこともできない。
……やはりここから真偽を確かめる術はないのか。
屋根裏宇宙から出たくない想いと、自分が何者かを知りたい想いが交錯する。
「ちょっとだけお出かけしてみようかな」
久しぶりに聞いた自分の声にびっくりした。
そうか、僕は自分の性別すら忘れていたのか。
蒼穹天井に誰もいなくなったのを確認してから、下に降りようと腰を上げる。
「ん?」
あまりにも簡単で、あまりにも重大なことにようやく気づく。
「出口がない。そうか、僕は収容されていたんだ」
屋根裏宇宙という名の巨大な監獄。
「あのお方」と呼ばれる僕の自分探しの旅は、はじめの一歩でつまずいた。




