二百九十話 カプセルトイ
「ここでこうやって閉鎖空間に入れてから……うん、これならいけるかも」
洞窟から離れた山の山頂近くで、復活させたかつての強敵たちの使い所をシュミレーションする。
「大怪獣と軍隊蟲の連携はなかなかつかえるな。危なくなったら、数学者で……」
がさっ、と背後から気配が近づいてくる。
トーナメントがいつ始まるかわからなくて警戒していたからなのか、わずかな気配にも敏感に反応してしまう。
「アリスかな?」
「うん」
木々の間から、アリスが顔を出す。
随分と長い間、会ってなかった気がする。
無限界層ランキングが始まってから、その姿を見ることはなかった。
どこで何をしていたのか、は聞くまでもない。
桁違いに強くなっている。
きっと、俺が想像もつかないような過酷な修行をしてきたのだろう。
地面につくほどに伸びた長い金色の髪が、所々燃えたように黒ずんでいる。
「強くなったね」
「……全然。やっとランキング100位に入れた程度」
それでも相当にすごいことなんだけど、一桁の敵と戦うには、まったく足りてない。
「タクミに並ぶはずがどんどん離されていく。……それでもワタシは共に戦うのをあきらめない」
うん、気持ちだけでももらっておこう。
と、いうわけにはいかないんだろうな。
アリスの全身から、眩しいほどに光り輝くオーラがダダ漏れている。
「俺と戦って1分もてば…… いや、せっかくだし、こっちを使うか」
『怪』と書かれたカプセルと『蟲』と書かれたカプセルを懐から取り出し、左右の手のひらに置く。
「どっちかと戦って勝てば一緒に戦ってもいいよ」
「どっちか?」
アリスの輝くオーラが、津波のように、ぶわっ、とあふれでる。
「選択はいらない。どっちも倒すから」
「よく言った」
それでこそアリスだ。そうでなくては俺の隣に並び立てない。
「タクミワールド」
この世界で大怪獣や軍隊蟲を放てば、魔王崩壊に匹敵するような被害が出てしまう。
だから、アリスもカプセルも俺が作った世界に閉じ込める。
世界の内側にもう一つ小さな世界を作る要領で、ぎゅぎゅうぅぅっ、とアリスの周囲に別の世界が創造され、収縮していく。
その中に吸い込まれないように、俺はひょいっ、とアリスから一歩下がり、新たな世界の外に立った。
「割」
世界が閉じきる寸前に放り込んだ二つのカプセルが割れて、行き場を失った大怪獣ドゴンと軍隊蟲の大軍がアリスに向かって突進していく。
「参る」
アリスの声は、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように楽しげだった。
元ランキング65位の大怪獣ドゴンと元ランキング50位の軍隊蟲アンガスト。
ランキング100位のアリスには、二人と同時に戦うなど無謀の極みというべきだった。
それでもアリスは、いつものように、一直線に、真っ直ぐに、真正面から突き進む。
『ブブブブブブブブブブブブっっ』
大量の軍隊蟲が黒い雨のように降り注ぐ。
「どうするアリス? 数百匹を倒しても蟲の攻撃は止まらないぞ」
タクミワールドの外から、映画を観るように戦いを鑑賞できる。ちょっと神様になったような気分だ。
だんっ、とアリスが大きく踏み込み地面が割れる。
大量の石礫が砂嵐のように宙に舞い、竜巻のような台風が発生した。
アリスが踏み込むたびに、それはやがて巨大な渦となり、降り注ぐ軍隊蟲を巻き込んで潰していく。
初めてだ。アリスが拳以外で戦うのは。
軍隊蟲の群れを突破して、大怪獣ドゴンの前に立つ。
全長12000キロメートル、体重60垓トン。
その圧倒的な質量を前にしても、アリスは意に介さない。
ただ全力の拳を大怪獣に向かって叩き込む。
どんっっっ、とタクミワールド全域に轟音が鳴り響いた。
『んー? なんがしだかぁ?』
大怪獣にとって、それは蚊に刺された程度のダメージだった。
軽く足を払っただけで、まとわりつく軍隊蟲ごとアリスが後方に吹っ飛んでいく。
それでも両足は地面からしっかりと離れず、タクミワールドに2本の長い線を引きずるように描きあげる。
「さらに参る」
ぐっ、と奥歯を噛み締めたアリスに今度は軍隊蟲が襲いかかる。
橋。
単体では、アリスに破壊されると学習した蟲たちは、数億体が積み重なり、どこまでも続く巨大な橋を形成した。
「こ、こわっ、しかも気持ち悪っ、俺、まともに戦わなくてよかった」
大怪獣ドゴンよりも巨大になった軍隊蟲の橋が、ハンマーのように振り下ろされる。
それを見上げながらアリスが小さな笑みを浮かべた気がした。
どん、どん、どん、どん、どん。
軍隊蟲の橋の上にアリスが駆け上がった。
どんっ、どんっ、どんっ、どんっ、どどんっ。
走るたびに、その衝撃で橋が爆発するように崩れていく。
そのリズムに合わせるように、タクミワールドの草木や二足歩行の動物たちが、ファンファーレを鳴らしていた。
どどどどんっ。
壮大なオーケストラの中、橋を渡りきったアリスの眼前に大怪獣ドゴンの口がアングリと広がっていた。餌が勝手に飛び込んできたとでも思っているのか。
『オデ様、オマエ、マルカジリ』
「推して参る」
一切の躊躇なく、大怪獣の口に飛び込んだアリスがその内部で、全ての力を解放する。
やはり今までのアリスとは違う。大怪獣の鱗を強引に突き破らず体内に潜り込んだ。しかも、軍隊蟲の橋を架け橋にして。
ばーーーんっ、と演奏のフィナーレと共に、大怪獣ドゴンがゆっくりと崩れ落ちていく。
アリスが駆け上がった軍隊蟲の橋が、その下敷きになり、ばんっ、と踏み潰された。
「封」
瀕死の大怪獣と軍隊蟲をカプセルに閉じ込めて、タクミワールドを解除する。
目の前には、黒ずんだ金髪をたなびかせるアリスが何事もなかったように平然と立っていた。
「まだやる?」
もう十分だよ、という言葉を飲み込んで、懐から『剣』と『盾』のカプセルを取り出す。
トーナメントのことは頭から抜け落ちていた。
アリスがどこまで強くなったのか。ただ純粋にそれが知りたくて興奮を抑えきれなかった。




