二百八十三話 大怪獣
大怪獣ドゴンは、全ての生物の頂点に君臨していた。
全長12000キロメートル、体重60垓トン。
生まれた星と同等の大きさまで成長した後、その星を丸ごと食い尽くし、さらに巨大化する。
性別はなく、子孫を残す必要もない。
突然変異によって誕生した究極生物は、唯一無二の個体として、自分以外の生命体をすべて食べ尽くす。
その食欲はどれだけ食べても満たされず、延々と餌場を探し星々を渡り歩く。
大怪獣ドゴンによって消滅した星が百を越えた頃、その宇宙に己以外の生命体が絶滅したことを認識した。
『もっどだ。もっどオデに餌をよごせ』
狂気にも近い、その想いは空間を突き破り、別の世界への移動を可能にする。
大怪獣ドゴンは、多重世界の壁を越え、無限界層ランキングに名を連ねた。
だがそんなことはどうでもよかった。
ただただ、美味いものを求めて星を喰らう。
強い者がいればいるほど、旨味が増していくことを大怪獣ドゴンは知っていた。
そして、強大な力を喰らえば喰らうほど、さらに強くなることを無意識のうちに自覚する。
やがては無限界層のすべてを飲み込んで、己が最強で最後の生物になることを大怪獣ドゴンは、信じて疑わなかった。
『つぎはここがオデのランチだ』
今までに感じたことのない高揚感に包まれる。
多重世界の果ての果て。強者の匂いに惹かれ、最下層の世界までやってきた。
自分の体積よりも一回り小さな世界。
そのまま丸呑みすることもできたが、大怪獣ドゴンにその選択肢は存在しない。
ゆっくりじっくり何度も何度も反芻するために、己の身体を極限まで収縮していく。
羽虫のように小さな身体となっても、それでも軽々と大気圏を突破する。
圧縮されても、その力は1ミクロンさえも衰えず、膨大な食欲と破壊力をそのままに、新たな餌場へと大怪獣ドゴンは降臨した。
最初から向かう先は決まっている。
ハナクソのように小さい山の、さらに小さいゴミ屑のような洞窟。
そこから感じられる強者のオーラは、今までに食したことのない、甘美な香りを放っていた。
『オマエの頭まるかじり』
ソイツは強者の素振りを微塵も感じさせず、ゴロゴロと寝転がりながら、薄くスライスした芋を揚げた食物を食べていた。
無防備、無警戒、ここまでの接近を許したなら、もはや逃れる術は無し。
耳垢から侵入し、内部から脳を食い荒らす。
『いだだぎまず』
「あ、蚊だ」
【蚊】の文字が【大怪獣】を弾いて上書きされた。
星々を喰い潰してきた圧倒的な力が煙のように消え去り霧散する。
『ヴえ???』
パチンと弾ける音と共に、大怪獣ドゴンの生涯は終わりを告げた。
『タッくん、どうしたん?』
「ん? いや季節外れの蚊が飛んでて。まあ一発でやっつけたけどね」
耳元でぷんぷんうるさく飛んでたので、両手ではさんで潰してやった。
『そうなん? まさかそれもあの子供みたいに上位世界の侵入者やったりして』
「いやいや、いくらなんでもそんなこと……」
そう言いながらも、もしかして、と思い、そっ、と手を開く。
……手のひらには、明らかに蚊ではない異質な生物がぺっちゃんこに潰れていた。
「き、気持ちわるっ!」
『な、なんかギザギザしてるし、うちらみたいなドラゴンに近いやんっ。やっぱりこれ敵やったんちゃうんっ!?』
「そうだね。それは大怪獣ドゴンだよ」
「ネ、ネレスっ」
音もなく寝室に侵入してきたネレスが、後ろから覗きこんでる。
「こ、これが大怪獣?」
「うん、大怪獣」
「ちっちゃいのに?」
「ほんとはすっごくでっかいの」
ヌルハちぃ、みたいな感じで魔力がなくなり縮小したのだろうか。
もし自ら望んで小さくなったのなら、自業自得もいいところだ。
「あっ、おめでとう、タクミ君。今しがた無限界層ランキング65位にランクアップしたよ」
「えええぇぇ」
ちょっと虫を叩いただけなのにまた順位が上がってしまった。
無自覚のまま、ランキングを駆け上がっていく。
「勘違い王の爆進劇はまだまだ続いていくのであった、まる」
「やめてっ、変なナレーション入れないでっ!!」
しかし、本当に俺の爆進劇はまだまだ続いてしまうのであった。




