二百八十一話 無限界層
平和である。俺が望んだのどかな日常が戻ってきた。
なんか上位世界からネレスみたいな奴が次々とやってきそうな雰囲気だったけど、ここ半年なんの音沙汰もない。
生け贄騒動もひと段落して、秋の収穫に向けて稲作の仕上げにかかる。
今年は稲が豊作で、例年以上にいい蓄えになりそうだ。
『タッくん、ご機嫌やな。鼻歌なんか久しぶりちゃう?』
「うむ、このまま全てがうまくいくような気がするんだ」
俺の力を恐れたルシア王国やギルド協会は、毎月1人の生け贄をよこしてくるが、生け贄皇后リンによる厳正なる審査の上、全て失格という形で送り返している。
それでも俺が暴走したり怒ったりしないので、だんだんと「もう破壊神、大丈夫じゃないの?」という風評が広まりつつあった。
「いやぁ、平和っていいなぁ。収穫が終わったら、みんなで温泉でもいこうか」
『え? それ混浴なんっ!? タッくん、またスケベ暴走してるんっ!?』
「うん、ちがうよ。ちゃんと男女別々だよ。1人でゆっくり浸かりたいもん」
『う、うちは剣やから一緒でもええんやで』
温泉に入ってないのに、魔剣カルナが赤く染まっている。うん、入浴時はロッカに預けておこう。
「タクみーんっ、タクみーーーんっ!!」
ん? ロッカが全速力で走ってくるぞ。
最近は、なにかあれば自分のピンクデなんとかドアで飛んできていたのに、そんなことも忘れるくらい焦っているのか?
「ど、どうしたんだ? ロッカ。ま、まさか敵がやってきたのか?」
「違うでござるよっ! リンデンがっ、あのクソビッチが生け贄を合格にしてしまったでござるっ!!」
「え、えええっ!!」
な、なぜだ。リンは生け贄が増えることを頑なに拒絶していたはずなのにっ。
「ど、どうして? 一体どんな子を採用したんだ」
「むむっ、興味があるのでござるか?」
やめて。普通に「スケベ再猛省中のプレート」をつけようとしないで。
「そんなわけないだろう。俺が直接、面談して不採用にしてやる」
「おおっ、頼もしいでござるよっ、拙者、もう少しで緑一色を発動させるところでござった」
お、おぅ、植物に変えられるとこだったよ。
しかし、あのリンが生け贄を合格にするなんてにわかに信じがたい。
専属生け贄のサシャや筆頭生け贄のクロエも、首にしようと必死だったはずだ。
「一体、どんな子を生け贄に……」
「やあ、久しぶりだね。タクミさん」
洞窟に到着するなり、膝から崩れ落ちる。
桜色のショートヘアに瑠璃色の瞳。年は十五、六歳くらいに見えるが、本当はもっと上だろう。
左右の腰に、紅と蒼の抜き身の剣をぶら下げた全身漆黒の少女が立っていた。
「ネレスじゃんっ! 平和終わってるじゃんっ!」
「あー、うん、まだ大丈夫。落ち着いて落ち着いて」
ひょうひょうとした態度で手をひらひらと動かしている。油断はしない。簡単に俺の世界を壊していった奴だ。
「リンがお前を合格にしたのも……」
「うん、ちょっと文字を外させてもらったよ。そのへんに『不』が落ちてるんじゃないかな」
コ、コイツ、やっぱり俺と同じ文字の力を使えるのかっ。
相手の能力をコピーする能力なら、かなり厄介だぞ。
「だーかーらー、大丈夫だってば。今日は戦いに来たんじゃないから。色々と状況を説明しにきたんだから、黙って聞いてて」
「わ、わかったよ。でも、なんで俺の生け贄に?」
「ん、そっちのが面白そうだから」
勘弁してくれ、俺も不合格にできそうにないし、後でロッカに何て言えばいいんだ。
「は、はなしが終わったらすぐに帰るんだよね?」
「え? 帰らないよ」
「え? 帰らないの?」
「うん。この世界興味深いから、生け贄として、しばらく居候させてもらうね」
はい、緑確定です。
「そんなに心配しなくても、みんなと仲良くやっていくよ? こう見えてもコミュ力ばっちりだからね」
「わ、わかった。ひとまず話を聞こうじゃないか」
カルナに聞かれても大丈夫な話なんだろうか。腰にある鞘に目をやると……
「ああ、それも大丈夫。ボルト山周辺にいる人たちはみんな眠ってるから。大睡眠ってやつを使わせてもらったんだよ」
六老導のイップクが生み出した劣化禁魔法かっ!?
俺の能力を使うだけじゃなく、会ったこともない奴の技もコピーできるのっ!?
「それで話は? ……上位世界の奴らは、もうすぐここにやってくるのか?」
「そうそう、君はそのへんを勘違いしているから教えにきてあげたんだ。もうとっくに上位世界のみんなはこの世界に来ているんだよ」
ええっ!! 平和とっくに終わってたのっ!?
「じゃ、じゃあ、そいつらはもうすぐここにもやってくるのか?」
「それも間違いだよ。君は知らないうちに全部倒している」
「へ?」
いやいやいや、そんな記憶はまったくないぞ。俺、無意識のうちに戦ってたのっ!?
「無限界層ランキング72位、勘違い王タクミ。それが今の君の称号だよ、おめでとう」
わー。ぱちぱち。と、手を叩くネレスを無視して、宇宙を見上げた。
他の世界から侵入してきた光る糸のような残滓を足跡を辿るように追跡して、いままで認識できなかった世界層をハッキリと目視する。
人間が存在せず怪獣しかいない世界。
細菌に犯され変異した生物しかいない世界。
文明が発達しすぎて機械だけになった世界。
様々な世界は積み上げた皿のように。
幾重にも重なり、どこまでもどこまでも果てしなく続いていた。




