閑話 ネレス
タクミワールドに引きこもって何日くらいたったろうか。
数ヶ月のような気もするし、数年のような気もする。
同じような毎日を、自堕落に過ごしているので曜日の感覚もなくなっていた。
このまま、永遠にここで過ごすのも悪くない。
そう考えていた時だった。
「君が全宇宙最強のラスボス、破壊神タクミさん?」
「ああ、そうだよ。人違いじゃない」
意志を持って軽快に動き出す花々と二足歩行の動物たちに囲まれて、まだあどけなさの残る少女が目の前に立っている。
桜色のショートヘアに瑠璃色の瞳。年は十五、六歳くらいに見える。左右の腰には、それぞれ紅と蒼の抜き身の剣をぶら下げていた。二刀流というやつだろうか。全身には漆黒の装束を身に纏っている。
「どうやってここにきたんだ? ピンクデなんとかドアは閉まってるし、誰もここに来れないはずなんだけど」
「誰も来れない場所なんて、この世界には存在しない。君なら知ってるんじゃないの?」
うん、そうだね。だけどここにはアリスやロッカですら辿り着けない領域なんだよ。永遠の場所に行くより難しいはずなんだけど。
「で、お嬢ちゃんは何しにきたんだい? 俺の弟子にしてほしいの? それとも生け贄になりにきたの?」
「いや、君と戦いにきたんだよ。自分が今、どの程度の位置にいるのか。確認することって大事でしょ?」
ふむ。腕試しの武芸者か。そういえば、黒龍のクロエが来た時はそんな感じだったな。
「そっか。うん、まあ暇だから、ちょっとくらい相手してあげてもいいけど。えっと君は……」
「名前はないんだ。最初からそんなもの必要なかった。不都合ならネレスちゃんとでも呼んでほしい」
名前がない? ネレスは名無しの略なんだろうか。
「まあ、どうでもいいか」
どうでもいいか、の『も』あたりで後頭部をボリボリかいた。
その一瞬で、ネレスはゼロ距離まで踏み込んでくる。
「いくよ」
「うん、結構早いね」
それでも周囲の時間をコントロールしているから、コマ送りのスローモーションにしか見えない。
ネレスは踏み込むと同時に、紅と蒼の剣を左右同時に薙ぎ払ってきたが、ぴょん、と軽くジャンプして飛び越える。
「これくらいでいいかな? 怪我しないでね」
空中に浮いたまま、ちょん、と触れるようにネレスのオデコに中指と人差し指を軽く当てる。
ぼんっ、と大きな爆発音とともに、花々や動物たちを巻き込んでネレスがはるか後方へ、螺旋回転しながらぶっ飛んでいった。
「ああっ、手加減したのにっ、大丈夫かっ!?」
「どっちが?」
「へ?」
ぶっ飛んだはずのネレスが、俺の背後に回っていた。瞬間移動の類いなのか。10000分の1にまで落としたスローモーションの時間軸の中を高速で移動してくる。
「紅蓮、蒼漣」
「魔剣かっ!?」
紅と蒼、二つの剣から豪炎と爆水が立ち昇った。
それぞれが意思を持って別個に攻撃できるのか。
ホーミングするように、炎と水が追跡してくる。
「曲解」
「散開」
炎と水の軌道を捻じ曲げたと同時に、それが激しく飛び散り上空から降り注ぐ。炎と水の弾幕。避けようにも、タクミワールド全域を覆っている。
「不可侵領域」
「領域不法侵入」
誰にも破れないはずの見えないバリアがすべて解除され、炎と水が全身に降り注ぐ。まさか、コイツっ!?
「再生」
「逆再生」
ダメージが回復しない。炎で肉が焼きただれ、水で骨が溶かされていく。やっぱりそうだ。コイツは俺と同じ文字の力を使っている。
「お前、何者だ? 本当に自分の強さを確かめに俺と戦いにきたのか?」
「ん? なんの話?」
「言っただろ、自分が今、どの程度の位置にいるのか。確認することが大事だって……」
え? まさか……
「俺の位置? 俺がどの程度強いのか、確認しろってことなのか?」
にんっ、とネレスが初めて笑みを浮かべた。
「自分が宇宙最強だって勘違いしてた? 誰にも負けないって思ってた? 恥ずかしい。ここからどれほどの上位世界があると思ってるんだい? 君の位置なんて、まだまだ全然下のほうだよ」
バトル漫画の主人公なら、それを聞いてワクワクするんだろうか。
残念ながら、俺はのんびり暮らしたいだけで、さらに強くなりたいなんて思っていない。
「ごめん、その話、まったく興味ないや」
「そうだね。でも君は否応なく巻き込まれるよ。君の身内がランキング上位に君臨しているからね」
アリスか? いや今の俺より強くはないはずだ。
だけど、俺の身内でアリスよりも強い奴なんて……
わふん。
あれ? なんかいった?
「まあ、今日のところは帰ってあげるね。あんまり本気だしてくれないし」
「バレてた? でもお嬢ちゃんも本気じゃないよね?」
「お嬢ちゃんって年じゃないから、遠慮せずネレスちゃんって呼んでいいよ」
「絶対呼ばない」
ふふふふ、と同時に笑うが2人とも顔は笑ってない。
「またね、タクミさん。次は本気で戦ってね」
「うん、嫌だよ。もう来ないでね」
ネレスの足元から尋常じゃないほどのオーラが溢れ出し、ばんっ、と上空に舞い上がる。
「おまっ、こらっ、ちゃんとピンクデなんとかドアから帰ってっ!!」
「めんどい」
小宇宙の爆発にすら耐えるタクミワールドの結界を軽々と突き破り、衝撃波が大地を駆け巡った。
砕けた岩石が大気に舞い上がり、摩擦による稲光と硫酸の雨が降り注ぐ。
俺が作り出した世界は限界を迎え、ハンマーで叩き割ったガラスのように砕け散る。
「あ、あの野郎っ」
たくさんの謎をばら撒きながら、俺の引きこもり生活は終わりを告げた。




