二百七十三話 命に優しいチョビ髭
「こんな姿のままタクみんが帰ったら、たいへんなことになるでござるよ」
拙者ですら、これだけ取り乱したのでござる。
付き合いの長いヌルハチ殿やレイア様が、今のタクみんの変貌を見たら、ショックで卒倒してしまうでござるよ。
「ダイエットをするでござるっ!」
「え? ロッカってそんなに太ってないよ」
「タクみんがでござるよっ!!」
ダメでござる。今のタクみんは全然尊敬できないでござる。もう少しでグーで殴ってしまうとこでござった。
「チョビ髭っ、ダイエットトレーニングメニューを考えるでござるっ」
「ふむ。これほどまでに太ってしまわれては元に戻すのに相当かかってしまいますね。期限はどれくらいでしょうか?」
「2、3日でお願いするでござるっ」
『いや、タッくん、死んでまうで』
コッソリ逃げようとするタクみんの首根っこを捕まえた。逃げ足が遅すぎて、ちょっと泣けてくるでござる。
「大丈夫でござるよ。世界加速で太ったなら、また世界加速で痩せればいいのでござる。それなら1日で1か月のトレーニングができるでござるよ」
「あ、あの、それなんだけど……」
拙者に捕らえられたままの、タクみんが恐る恐る手をあげる。
「なんか魔法とか全部使えなくなっちゃった」
「えぇええぇぇっ」
タクみんダイエット計画がいきなりの頓挫でござる。
「急速な身体の変化によって、流れる魔力が変異したのでしょうか。うまく使いこなせていないようですね」
「ダイエットしたくなくて、タクみんが嘘をついてるのではござらんか?」
「それはないでしょう。ピンクディメンションドアを使って逃げようとしてましたが、発動しなかったみたいです。今、タクミ様は正真正銘ただのデブです」
がーーん、でござる。
無敵のタクみんが、最弱のデブに成り下がっているでござるよ。
「し、仕方ないでござる。時間はかかるでござるが、ここはゆっくり確実に……って、お菓子を食べるのやめるでござるっ!!」
まったく手のかかるデブでござる。
「と、とりあえず、ランニングから始めるでござるっ、拙者とこの変な世界を一周するでござるよっ」
『無理やと思うけどなぁ。今のタッくん、めっちゃ燃費悪いで。もう呼吸するだけで、疲れてる感じやもん』
くっ、それでも拙者はあきらめないでござるよ。
「拙者はタクみんのために、ダイエットの鬼となるでござるっ」
その決意はわずか数分後に打ち砕かれた。
「はぁはぁはぁっ、も、もうダメだ。一歩も動けない。いや、指先一つ動かせない」
「ま、まだ、走る前の準備運動しただけでござるよ?」
満身創痍。タクみんはもう地面と一体化するほど疲れ果て、ぐったりとしている。
『だから無理やっていうたやん。おでこの文字見てみ?』
「あっ」
ヌルハチが封印を施したバンダナが額からズレて、文字が見えている。無理矢理外そうとしたら電撃が流れるはずでござったが、太ってぱんぱんになったタクみんの顔面は、それを無効にしたらしい。
「第八部ラスボスと書いてあったはずでござるが……」
【肉】
そこには、ただ一文字、そう書かれてある。
「涙でかすんで、文字が見えないでござるっ」
これならまだ暴走して戦っていた時のタクみんのほうがマシでござった。もうラスボスのままでいてほしかったでござるっ。
「これはもう運動よりも、まずは食事制限から始めたほうがよさそうですね」
「おおっ、チョビ髭っ、ナイスアイディアでござるよっ、1か月ぐらい断食でござるなっ」
『だからタッくん、死んでまうて』
這いずって逃げようとするタクみんを、片足で踏んづける。
「無理なダイエットは逆効果ですよ、ロッカさん。リバウンドして、今より酷いことになりかねません。ここは私がヘルシーなヴィーガン料理を作って差し上げましょう」
「ぶいがん? なんでござるかそれは?」
「肉、魚、卵など、あらゆる動物由来のものを使わない料理のことです。実は私、完全菜食主義者なんですよ」
命に優しいチョビ髭でござるな。
しかし、野菜しか食べないなら、このブタクみんも……
「いやだよっ、俺の九割はもう肉なんだよっ、野菜だけなんて生きていけないよっ!」
「じゃあ、やっぱり1ヶ月の断食でござるな」
「美味しく食べさせていただきます」
うむ、これでタッくんも見る見るうちに痩せていくでござるよ。
「さあ、チョビ髭っ、さっそくタクみんのために、美味しいヴィーガンを作るでござるよっ」
「お任せください。究極のヴィーガン料理を用意して差し上げます。この世界の野菜はどれも見たことのないものばかりですが、タクミ様が作ったものですから大丈夫でしょう」
「いやぁああああっ、大丈夫じゃないよっ、どうやって作ったか覚えてないもんっ!」
ま、まさか、緑一色で作った元人間野菜ではござらんよな?
せ、拙者は取り上げたタクみんのお菓子だけを食べることにするでござるよ。
『やっぱりタッくん、死んでしまわへん?』
夢と魔法の世界で、チョビ髭の怪しいヴィーガン調理が始まった。